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「諸君今や人を殺さんがために行く」   

 NHK「日本人は何を考えてきたのか」第4回《非戦と平等を求めて ~幸徳秋水と堺利彦~》1月29日(日)の再放送。

 見逃したこの番組が今日再放送されているということも知らず、チャンネルを変えたら突然、幸徳秋水の「兵士を送る」が耳に入ってきて驚きました。
 “行け従軍の兵士 吾人(ごじん)今や諸君の行(く)を止むるに由なし 諸君今や人を殺さんがために行く 否(しから)ざれば即ち人に殺されんが為に行く 吾人は知る 是れ実に諸君の希(ねが)ふ所にあらざることを”。
 幸徳秋水、森近運平、堺利彦の書かれたものが断片ながら朗読されるのを聞きながら、とりわけ「思想」を持った故に「大逆事件」に生命を奪われた人々の無念を思うと同時に、ようやく始まった地道な復権の動きを心に刻みました。

 獄中から家人に送られた森近の書簡には、故郷の温室で育てていた「ハイビスカス」のことがふれられていて、はずかしいのですが、ここからはずっと涙を抑えることもできずに番組を見ました。

by kaguragawa | 2012-07-01 17:40 | Trackback | Comments(2)

“事件の真相は後世の歴史家が”   

 大逆事件で死刑の宣告を受けた人々のなかでも、「農」に関わっていた森近運平のことはもっと知りたいと思う人物である。彼が、100年前の今日、妻の繁子と娘の菊代へ宛てた手紙を紹介したいと思います。

 実に世に類なき裁判であった。判決を知った時、御身は狂せんばかりに嘆き悲しんだであろう。まことに思いやられる。それも無理はない。僕は死の宣告によって道徳的義務の荷をおろして安楽な眠りに入るのだが、御身と菊とはこれがために生涯の苦痛を受けねばならぬのである。御身は今まで僕のために苦労ばかりしてくれたのに僕は少しも報いることを得ず、弱い女に幼児を背負わして永久の眠りに就かねばならぬ。アア胸の裂ける思いがする。愛する我が妻よ、人間の寿命は測るべからざるものだ。蜂に刺されたり狂犬に咬まれたりして死ぬ人もある。山路で車から落ちて死ぬ人もある。不運と思うてあきらめてくれ。事件の真相は後世の歴史家が明らかにしてくれる。何卒(なにとど)心を平かにしておもむろに後事を図ってくれよ。(一部略)

 そして葡萄栽培や養鶏などで飾らず偽らず、自然を愛し、天地と親しみ、悠々としてその生を楽しみうるならば、またもって高尚な婦人の亀鑑とするに足ると思う。順境にいては人の力量は分からぬ。逆境に処して初めて知れるのだ。憂事のなおこの上につもれかし、限りある身の力ためさんという雄々しき決心をして、身体を大切にし健康を保ち父母に孝を尽くし菊を教育してくれ。これ実に御身の幸福のみでなく僕の名をも挙げるというものだ。

 菊に申し聞かす。お前は学校で甲ばかり貰うそうな。嬉しいよ。お前のお父さんはもう帰らぬ。監獄で死ぬことになった。その訳は大きくなったら知れる。悲しいであろうがただ泣いたではつまらぬぞ。これからはおじさんをお父さんと思うて、よくその言いつけを守りよき人になってくれよ。大きくなったらお母さんを大切にしてあげることがお前の仕事であるぞ。
 一月二十一日記

by kaguragawa | 2011-01-21 23:37 | Trackback | Comments(0)

吉岡金市の二つの先駆的遺産「森近運平」と「イタイイタイ病究明」   

 きょうが、吉岡金市氏の命日であることを、webで調べ、今知ったばかりです。そして吉岡金市氏が、大逆事件で刑死した岡山の農学者・森近運平の復権に向けての研究を半世紀も前に始めた人であること、『森近運平―大逆事件の最もいたましい犠牲者の思想と行動 』(日本文教出版/1961)という著書も残しておられること、そうしたことを、今日読み始めた『大逆事件』(田中伸尚/岩波書店/2010.5)の「プロローグ:凍土の下」で知りました。

 初めて尽くし――それも今日の――のことがらばかり並べましたが、吉岡金市さんの名前を私が知ったのは今日ではなく、何十年も前になります。 イタイイタイ病のことをようやく調べだしたときのことです。
 イタイイタイ病の原因が三井金属の排出(たれ流し)のカドミウムであることを探る第一歩となった「農業鉱害と人間公害(イタイイタイ病)」という副題をもつ吉岡論文「神通川水系鉱害研究報告書」(1961.6)のコピーを入手して読んだとき、すなわち、30年ほどまえのことだと思うのです。
 それだけに、大逆事件に関する文献のなかで吉岡金市という名前をみたとき、我が目を疑ったのです。

 イタイイタイ病の原因究明に先駆的に乗り出した吉岡金市氏。森近運平の復権に向けての研究を始めた吉岡金市氏――。 同姓同名の別人かとも思いましたが、そうではありませんでした。
 いうまでもなく今年は大逆事件発生100年の年である。そしてイタイイタイ病の患者が発生してから100年だといいます。ともにその100年は、国家というもの正体を知らしめてくれたとはいえ、関わった人々には苦渋の100年だったと言えるでしょう。
 その半ばの50年の時点で、勇気ある発言と行動で2つの大きな巌を動かし、さらに私達の蒙をひらく役割をすでにされていたのが、森近運平と同郷の農業経済学者・吉岡金市氏だったのです。

 田中氏の前掲書によると森近運平の墓標も墓石も無かった森近家の墓地に、運平の墓標が建立されたのは死後50年の記念の年だったという。そしてその碑銘は吉岡氏によるものだという。

 今から学び始めなければいけないことのなんと多いことか。多くの人の生命とひきかえになった遺産から少しずつ、学びの一歩を始めるしかないという思いを、黒岩比佐子さんの死ときょうの吉岡金市氏の命日を機に新たにしています。

 *森近運平  1881.01.20~1911.01.24
 *吉岡金市  1902.07.26~1986.11.20

参照:
「農と医の連携を心したひとびと:2.吉岡金市」(北里大学学長通信)
http://www.kitasato-u.ac.jp/daigaku/noui/newsletter/noui_no06.html
「森近運平(井原市) 悲劇の社会主義者」(山陽新聞/先人の風景)
http://www.sanyo.oni.co.jp/kikaku/senjin/news/2009/11/17/20091117114439.html

by kaguragawa | 2010-11-20 18:54 | Trackback | Comments(0)