帝国議会の「僅か二三千万」
2015年 05月 29日
“例えば堂々たる帝国の議会ですら、僅か二三千万の金の問題で、大きな子供がワイワイ大騒ぎをやるじゃないか。”
もちろん、明治40年発表の作品だからといって、そこに書かれている帝国議会での「僅か二三千万の金の問題」が、明治39年度予算を審議していた第22回帝国議会(会期:1905(明38).12.28~1906(明39).03.27)〔あるいは、明治40年度予算審議の第23回帝国議会(会期:1906(明39).12.28~1907(明40).03.27)〕のものとは限らないし、あくまで創作中の1フレーズにすぎない「二三千万の金の問題」という記述が史実をなにがしか反映したものだという保証もないのだが、不思議と気になる一節ではある。
「僅か二三千万」とはいうが、明治39年度予算(支出)額が、504,962,489円(約5億円)――日露戦争前は、3億弱――であることを考えれば、決して「僅か」とは言えないものであり、そこにからむ「問題」が何であったのかも気になるところではある。
このブログ上で、「僅か二三千万の金の問題で、大きな子供がワイワイ大騒ぎをやる」のもどうかと思うが、引用した一節がこと三島霜川《解剖室》の中のものだとすれば、私にはそうすました顔でいるわけにもいかないのであります。
# by kaguragawa | 2015-05-29 20:05 | Trackback | Comments(0)