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2019年 04月 09日 ( 1 )   

《一青》について (2003年稿を再掲)   

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 あるところで、「ハナミズキ」の一節≪つぼみをあげよう庭のハナミズキ≫を引用したら、「かぐら川さん、かつて一青窈の姓《一青》について書いておられましたね。あれはどこにあるのですか」と尋ねられました。古いデータを倉庫?から引っ張り出したら、ありました。なんと、16年も前、一青窈デビューの翌年に書いたもので、同じ内容のものが当時なかったので、net上ではいろんなところでリンクされていたのを覚えています。今あらためて検索してみると、《一青》について、かなり多くのサイトがあるようで、びっくりしました。なにせ“平成”の大歌姫ですもんね。
 ・・・というわけで、16年ぶりに(その間に「ハナミズキ」がある)、2003年当時のまま自分の記録として再掲載することにしました。


 頭の隅にずっとひっかかっていたのですが・・・。
 昨年〔2002年〕末「もらい泣き」でデビューした歌手の一青窈(ひとと・よう)さん。 変った姓だなと思いながら、“どこかで、どこかで、”と思っていたのが思い出せなかったのですが、判明しました。

 《一青》は、能登にある地名でした。中能登の鹿島郡鳥屋町(とりやまち)に〔一青(ひとと)〕という地名があるのです。延喜式の古社・鳥屋比古神社(とやひこじんじゃ)の近くの地名として私の記憶にあったのです。近くに黒氏という変った地名もあります。

 一青窈さんのオフィシャルサイトを見て、お父さんが台湾の人、お母さんが日本人とは、すぐにわかったのですが、いくつか関連するHPを見ていて、はっきりしたことは、お母さん〔一青かづ枝〕さんが、この鳥屋町の出身だという、うなってしまうような事実でした。
 「もらい泣き」も入っているCD『月天心』のブックレットの最後に《お父さんお母さんお姉ちゃん わたしは幸せです》とメッセージを載せて
いますが、お父さんは、台湾生まれの彼女が母・姉と共に日本に渡った数年後、小学校(横浜の森村学園)2年の時に、お母さんは高校2年のときに亡くなっておられるようで、そうした孤独な異郷体験が彼女の詩と歌に反映しているような気がしてきます。

 この鳥屋町、能登半島の付け根のところに今、邑知潟(おうちがた)として残る大地溝帯の末端(山手側)部分で、かつては沼沢地だったらしいのですが、そこに棲んでいた“真っ白な体に一部分だけ青い羽を持ったシトトという鳥”が、一青という不思議な地名の由来であるとか・・・。
 (能登は、なんと羽咋、鳳至と鳥に関する伝承の多いところです。)

 ぜひ、彼女のCD、手にとって彼女の詩をのぞいてみてください。
不思議なところから私の能登に寄せる“憧れ”は、どんどん強くなってきます。

〔追記:2009.5.4〕
・地名「一青」については、
角川の『日本地名大辞典17 石川県』と吉川弘文館の『日本荘園史大辞典』の引用が次のページにあります。 http://s.freepe.com/std.cgi?id=united&pn=07  (←リンク切れです。2019.04注)
・「鹿島郡鳥屋町」は、2005(H17)年3月1日、合併によってから「鹿島郡中能登町」になっています。

by kaguragawa | 2019-04-09 22:02 | Trackback | Comments(0)