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2015年 04月 22日 ( 1 )   

「沼の高」メモ   

 沼の高、島倉の湯、明治館・・・。富山町の西限を区切って流れていた助作川。

 正徳寺は残るが、清伝寺、吉祥寺は消えてしまった。

〔追記:「沼の高」――四ツ谷川、冷川、助作川〕
 おそらく四ツ谷川が富山町の南限の総構え(外濠)として水流を真西向きに変えらたとき、それと併せて富山町の南西角(のやや東側)に北西流して流れ込んでいた冷川が、町の西限に沿って北流する〔西限の総構え(外濠)〕に、変えられたのであろう。これが「助作川」であろう。

 もと冷川が富山町域に流れ込んでいたところ(西田地方地区)は、流れが滞流する低湿地で沼のようになっていたのではないか。その沼地に西接する微高地が長柄町で、ここが「沼の高」と呼ばれていた理由と考えられる。

by kaguragawa | 2015-04-22 20:34 | Trackback | Comments(0)