人気ブログランキング |

2014年 08月 16日 ( 1 )   

『仙人掌』から(1)   

 藻谷銀河『仙人掌』から昭和元年(大正十五年)の歌を、紹介します。この年の歌、とりわけ「浜黒崎」という歌群は、私が『仙人掌』を読んで感じる銀河の歌集全体の歌風とはすこしちがっているような気がしますが、浜黒崎――富山市浜黒崎、ここで銀河は病を養っていた――が、私にとっても懐かしい土地であることから、この歌群を中心にここに写しておきます。

『仙人掌』から
昭和元年(大正十五年)

病床歳旦

おもひでは通り魔のごとはかなかりつつがの床に聴く除夜の鐘

ははそばと妻と三人の水入らず病む身も今朝はめでたかりけり

雪ばれの日和うるはし起き出でて障子切り貼りしておりわれは

百日(ももか)まりはいらぬ風呂のひた恋しつつがなくなりはいる日やいつ

筏井の嘉一おもへば笑みまけて光るめがねの面影に立つ


浜黒崎

かひやぐら見ゆと出づれば早や消えて夕凪ぎわたる海のはろけさ

はてしなく松風ふける昼浜にきつゝきの音こだましてをり

小雨やみて磯松原の朝きよし松露さがしに出でましものを

蛍烏賊ひかる夜頃となりにけり古志の海辺を思はずや君

さのぼりし田のも渡りて来る風のとみに涼しききのふけふあたり

家路遠きこゝの浜辺の侘びごもり勿忘草のたねまきにけり

寺の夜のふけてねずみのさわぐ頃かもめのこゑは猫にかも似つ

磯ちかくとびうをとべりひとりねの早きめざめをすがしみつ我

松原に巣くひて松をからすゆゑ五位鷺狩のてつぽうの音

又してもくすりの味のかはりたる今朝ひえびえと閑古鳥なく

船の笛ひとり寝ざめてきく夜半のおもひは遠き妻にこそゆけ

遠妻をこゝろにもちて出でくれば夕波千鳥こゑあはれなり

この浜にさきしものとて石竹の花封じたり妹(いも)にまゐる文

朝なさな来るさかな売り今日は来ず町の祭に急ぎけらしも

蚤にくはれ寝ね足らざりしあかときは仏の鉦もわづらはしけれ

この浜に乳母とふたりの日をふれば幼なごゝろやよみがへるらし

鐘楼に鳩はなきつゝたまさかに妹(いも)と語らふ時惜しみかも

前の花田裏の松原寝ながらにこもごも飽かず明仙山泉福寺

野大根の花にあきつのとびそめてまぼしき浜の夏浅みかも

うらうらになぎし海かも日もすがら発動機船音たてゝをる

尼稚児は泣き泣きあたま剃られをりよその犬きてそれを見てをり

磯蟹をこゝだとらへてかへる路はあなうら痛し松の落葉に

浜ゆけば浜ゑんどうの紫匂ふ吾妹(わぎも)をまた偲び出づ

磯近くぬかえび食ひに寄る蟹を日に日に捕りて梅雨ならむとす

しなざかる古志の海辺に病みわびて春の野球を見ねばくやしも

病みこもる窓べに寝し東京へゆく汽車の灯をあこがれにけり

尼だちは麦托鉢に出はらひて猫とひるねす病人われは

からつゆに田川の雑魚のあぎとひて米の値高くなりにたらずや

読みつかれかうべ上ぐれば窓越に松葉拾ひの人さはにみゆ

この寺の前は日永の新川野ねながらにして汽車のゆくみゆ

することも言ふこともなし吾が欠伸乳母にうつりて日の永き哉

さみだれにしまし出ざりし浜川の流れのむきはいたく移れり

しろがねに大わだ光るはて遠みほのかに青し佐渡ケ島山

病みわびて妻にも遠く離(か)れ住めば天の星よりわが身かなしも

もの書けるわが顔のべに蜂の来たりしまし唸りて去りにけるかも

月をふくむ夕焼雲に虹のかゝり海に没(い)る陽のすばらしきかも

三年前みやこのなゐに死なざりし奇(く)しきいのちを祝ふ今日かも (九月一日)

二百十日すぎて今宵も浪高し見えてはかくる漁り火

by kaguragawa | 2014-08-16 07:31 | Trackback | Comments(0)