人気ブログランキング |

2011年 12月 24日 ( 1 )   

少年“霜川”の福島時代(5)   

 1889年10月末の日付を――月末というのを仮に26日から31日ぐらいの間だとして――、月の満ち欠けベースの旧暦に直すと、十月三日から八日にあたります。旧暦の日付は、ほぼ「月齢」を表していると考えて間違いはありませんから、たとえば【1889年10月26日≒月齢3】は、三日月の夜になり、【1889年10月30日≒月齢7】は、半月(上弦の月)となります。誤解のないように言っておくと、三日月や半月が、「月の美しかった」という霜川の記述に合わない、というのではありません。ぶざまな満月もあれば凄惨な三日月もあるでしょう。問題は、月の姿形ではなく、月の出の時刻です。
 日没と同時に東に出る“ちょうどそこで今あがったばかりの月”は、月齢3や月齢7の月ではありえないのです。月齢15に近い満月は、日没とほぼ同時に上がってきますが、「三日月(月齢3)」の月は、日の出の2,3時間後に出て、日没の2,3時間後に沈んでいきます。4日ほど後の「上弦の月(月齢7)」出は、お昼の12時頃に出ます。日没時点では、天頂に右半分の半月が懸かっていることになります。
 繰り返しますが、1889年10月末に“日がとっぷり暮れてしまっ”たときに、“ちょうどそこで今あがったばかりの月を見”ることはできないのです。
 
 くどくどしい話はやめて、結論だけを書きましょう。霜川が、磐城の四つ倉移住の日に、“日がとっぷり暮れてしまっ”たときに、“ちょうどそこで今あがったばかりの月を見たという記憶が正しければ、それは、1889年10月末のことではなく、《1890年10月末》のことです。1890年10月30日は、旧暦の「9月15日」の満月です。霜川が見た月を1889年の月ではなく1年後の1890年の月とすれば、霜川の記憶と月の動きが一致するのです。
 ちなみに、旧暦の9月13日が、旧暦8月15日と並ぶ“名月”の夜であることが想起されます。霜川の記す“美しかった”という記憶が、“名月”を意識したものでなく疲れ果てた引っ越し後の子供が見た率直な印象だったにせよ、その美しさがこの時節の月そのものの美しさと重なっていたと見なすことも可能でしょう。


 といって、以上のような拙考をもって、霜川の筆から導き出せる「1889(明治22)年10月末 父、妹とともに福島県磐城郡四ツ倉町(現:いわき市四倉)に、移住」という事績を、「1889年」から「1890年」に書き換える気持ちには、今、なってないのですが・・・。

by kaguragawa | 2011-12-24 19:54 | Trackback | Comments(0)