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霜川の“水の郷”   

 三島霜川の作品には、清冽な小川が縦横に走りいつも微かな水音が聞こえているような村が登場する。霜川が“水の郷”と呼ぶ村である。まさに霜川(三島才二)の生まれ故郷である富山県西部の庄川右岸の砺波郡と射水郡にわたる一帯が、後背の丘陵地の伏流水が自噴しここかしこに流れるこうした村々だったのである。

 そうした“水の郷”が、そのタイトルも「水の郷」という小説(*1)の冒頭部分に描かれていますが、うかつにも「鶯屋敷」(*2)にもそうした描写があることに気をとめることがありませんでした。きのう、読み直して気づいた次第です。

  *1 「水の郷」 『婦人界』  明治37年6月号
  *2 「鶯屋敷」 『北國新聞』 明治40年1月20~23日

 ここで「鶯屋敷」のその部分を紹介しておくことにします。ここには、“水の郷”の語も出てきます。

・・・自体此の村は、水の便利が好い。村は、全く水の郷。戸毎の前後を遶つて、小流は、縦に横に流れてゐる。村の者は、此の流で夕、米をとぎ、朝、顔を洗ふのであつた。勿論鍬も洗へば、洗濯もする、鍋も洗へば、芥も捨てる、雖然流れは急であるから、汚れた物は直に流して了つて、何時でも清かである。此の朝も、流れは澄んで、鏡のやうであつた。

 なお、『婦人界』に発表された「水の郷」は、改変されて2年後に「水郷」の題で『文庫』に掲載されることになります。「水郷」の方は、――霜川顕彰の動きのなかで『三島霜川選集(上巻)』に収録され、現在、青空文庫でも読めますのでご覧いただければわかるように――文末が《だ・である調》であるのに対し、先行作の「水の郷」の方は、『婦人界』の読者を強く意識したのでしょう、《です・ます調》の語りかけるような文体が使われていて独特の味わいがあります。

 以下は、「水の郷」の“水の郷”紹介部分です。

・「水の郷」より
水の郷と謂はれた位の土地でありますから、実に川の多い村でございました。川と謂つても、小川でございましたが、私の生れた村は、背戸と謂はず、横手と謂はず、縦に横に幾筋となく小川が流れてゐて、まるで碁盤の目のやうになつて居りました。それに何の川の水も、奇麗に澄むでゐて、井戸の水のやうに冷たかつたのでございます。川が多くつて、水が奇麗だ! それで、もう蛍が多いといふ事が解りませう。蛍は奇麗な水の精とも謂つて可いのでありますから、私の村には真箇に蛍が沢山ゐたのであります。


〔追記:1〕
 実は、霜川には「鶯屋敷」と題された作品がもう一つあるとされているのですが、残念ながら未見です。上掲の新聞掲載作「鶯屋敷」(明治40年)は、先行作であるそのもう一つの「鶯屋敷」の改稿作の可能性があるのですが、今は確かめようがありません。ただ、新聞掲載作のこの「鶯屋敷」中に、幼い女の子が福島安正の「討露軍歌」の断片を片言で口ずさんだりする箇所があり、日露戦争中に発表された先行作との関連を想像させています。

〔追記:2〕
 「水郷」という作品のタイトル“水郷”の読みは、当然に「すいごう」ではありません。当時「すいきょう」と読まれていた可能性が強いのです。この点についても、稿をあらためます。

by kaguragawa | 2016-08-01 23:17 | Trackback | Comments(0)

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