渡良瀬の人々――謝花昇(旧稿)   

 以下は、十年余前に書いたもの。今日、あることを調べていて“謝花昇”の名前を見つけ、そういえば・・・と古いものを探し出しました。2005年9月28日に書いたもの。

*****************************************************

 田村紀雄『田中正造をめぐる言論思想――足尾鉱毒問題の情報化プロセス』(1998.9/社会評論社)

 足尾鉱毒問題を扱ったこの本に、“謝花昇”の名前を見つけて、体がほてるほど興奮してしまいました。鉱毒問題のまだ広く世に知られる前、鉱毒被害の実態をいち早く調査したのが、農科大学の古在由直でしたが、そのころ、謝花は農科大学に在籍していたというのです。といっても、謝花昇についてなにほどのことも知るわけではありません。ただ明治時代の沖縄が、謝花という稀有の人物を介してこの渡良瀬に直結しているような気がして不思議な感慨にとらわれました。

 なお、当時の農商務大臣・榎本武揚が津田仙に同行し足尾鉱毒の被害地に足を運んだこと。その後の榎本の生き方。津田仙自身の生き方・・・。
 それにもまして渡良瀬流域に生れそこに生きた農民の――そこに集約点として田中正造という稀有の人材がいたことは今さら言うまでもないことでしょうが――「個としての、コミュニティとしての」鮮烈な生き方を、この本は淡々と伝えてくれています。
 足尾鉱毒問題をたどること。かなりさぼっていましたが、少しずつでも続けていきたいと思っています。
[PR]

by kaguragawa | 2016-06-17 23:24 | Trackback | Comments(0)

トラックバックURL : https://kaguragawa.exblog.jp/tb/24465718
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。

<< 夏至の日 啄木日記の「碧海君」 >>