秋聲「焚火」の火種(1)   

 『徳田秋聲全集』(八木書店版)の第6巻に、「焚火」という短編が収録されている。この作品を私は読んでいなかったのですが、kamei asamiさんが、先日(10/2)、自身のtwitterで、次のように書いておられるのを目にしました。

 徳田秋聲『焚火』(「趣味」明治40年1月)は、早くから翻案または三島霜川の代作と噂されていて、「中央公論」同年2月時評では〈「焚火」はツルゲネフの「猟人日記」の中に入れても恥かしくない作だ。若し噂の如く三島霜川の作とすれば、霜川の文才詩情なかなか驚くべきものだ。〉と指摘されていま〔す。〕

 秋聲の名で発表された作品「焚火」が霜川の作だといううわさが、発表直後に出ていていたというのである。それに加え、私にとって愉快でありまた不思議でもあったのが、その論評子が「とすれば、霜川の文才詩情なかなか驚くべきもの」と述べているくだりでした。霜川を見直したといわんばかりの口吻は、名前は知られているものの作品が読まれていない三島霜川という作家の状況が、今も100年前も同じであることをでした。と言っても、この不勉強?な論評子とは違い、久保田万太郎などは、「中学時代に霜川氏の小品「スケッチ」を愛読し、それから文学的に学んだことの多い」ことを語っていたというから、見るべき人は見ていたのだなと思うのですが。

 前段というか余談が長くなってしまいました。霜川の作といううわさのあった秋聲の「焚火」という短篇を、――未読であったこの作品のコピーを入手できたので――、ここで少しずつ、読み解いて?みたいと思うのです。
 その際、議論の“つま”に霜川の「霜のあかつき」という作品も取り上げます。
 結論を先取りしながら敷衍すれば、霜川の「霜のあかつき」(明治36年11月「婦人界」/金港堂)と秋聲の「焚火」(明治40年1月「趣味」/彩雲閣)とは、内容に即していえば、《後者が前者の改稿作》の関係にあるからです。つまり、三島霜川「霜のあかつき」の改稿作が、徳田秋聲の「焚火」という作品として世に出ているという、関係になっているのです。
(追記:「霜のあかつき」に更に、「銃猟」←「曙光」という霜川の先駆作があることも、先に、一言しておきます。)

 *「曙光」 明治35年1月「半面」掲載/半面発行所
 *「銃猟」 (小品集)『スケッチ』(明治37年1月/新聲社)所収

 続きは、来週の予定?です。
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by kaguragawa | 2015-10-21 21:49 | Trackback | Comments(0)

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