霜川、一葉を語る   

 きょう11月23日は、「一葉忌」。樋口一葉が24歳と6か月の生涯を終えてから118年。
 一葉忌にちなんで、三島霜川が一葉について書いているところを、あるエッセイから写しておきます。

 丁度鏡花氏の「夜行巡査」が現われると同時に、一葉女史の「たけくらべ」が文芸倶楽部に現われたと思う。――尤も「たけくらべ」はその前に文学界に連載されていたと思うが――この一篇が現われると、才名文壇を風靡して、一躍して、天才の名を博し、文壇諸公為めに顔色なしという有様であった。私も当時一葉女史の崇拝者で、女史の名が雑誌に出ると、大概その雑誌を買って読んだ。(中略)
 こうして、紅葉氏は無論の事、一方鏡花氏にも人気があり、また眉山氏も相応の人気があったといっても識者間の人気と認識は一葉女史に傾いていたようだ。


  ※三島霜川「私の文壇に接触した時分」から (「新潮」明治43年12月号)

 霜川が作家になりたいと上京し雌伏していた明治28・29年の頃を振り返った追想である。「たけくらべ」が「文芸倶楽部」に一括掲載された1896(明治29)年1月末の時点で、霜川は19歳。年末が近づく頃のあこがれの一葉の訃報には霜川も驚いたことだろう。
 なお、一葉歿5年後の1901年に――上京後それまでも本郷界隈を転々としていた霜川だが、徳田秋聲との弥生町での同居を解消し――霜川は、一葉が幼年を過ごした本郷6丁目の法真寺横の小路に寺の墓地を背にして住むことになる。
 ・・・一葉の幼年のことまで霜川が知っていたとは思えないが、一葉・霜川二人が本郷の赤門前の一画で偶然にも不思議な近接することになったことに、私はわくわくさせられる。
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by kaguragawa | 2014-11-23 17:37 | Trackback | Comments(0)

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