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“三尖塔校舎”―旧制・金沢第二中学校   

 「金沢くらしの博物館」。〔金沢市飛梅町3-31〕
 (旧制)金沢二中こと「石川県立金沢第二中学校校(*)」の校舎は、1948年から1970年までは、金沢市立紫錦台中学校の校舎として、後は「金沢市民俗文化財展示館」(1978)を経て「金沢くらしの博物館」(2007~)となっている。1899(明32)年建設の校舎“三尖塔校舎”は、石川県有形文化財。

 *石川県第二中学校(1899)→石川県立第二中学校(1901)→石川県立金沢第二中学校(1907~)

 堀田善衛が在籍したのは、1931(昭和6)年から1936(昭和11)年まで。

 「紫錦台(しきんだい)中学校」の名は、下掲の金沢二中校歌中の「紫錦が陵(にしきがおか) 」によるという。
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 金沢二中校歌

加陽の巽 神秀の
元気凝りて重む所
尖塔碧き雲に入る
紫錦が陵の学窓に
集ふ健児は七百人
翳す剛健質実の
旗章に梅の操あり

  作歌 川角捨兵衛
  作曲 大西安世




 なお、金沢二中は、1963(昭38)年、「石川県立金沢錦丘高等学校」が後継高となった。2004年(平16)年、「石川県立金沢錦丘中学校」の新設に伴い併設型中高一貫校となっている。

by kaguragawa | 2013-10-27 22:29 | Trackback | Comments(0)

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