糸瓜忌   

 正岡子規の命日、糸瓜忌。今日は中秋の名月。

 今朝起きて見ると、足の動かぬ事は前日と同じであるが、昨夜に限つて殆ど間断なく熟睡を得た為であるか、精神は非常に安穩であつた。顏はすこし南向きになつたまゝちつとも動かれぬ姿勢になつて居るのであるが、其儘にガラス障子の外を静かに眺めた。時は六時を過ぎた位であるが、ぼんやりと曇つた空は少しの風も無い甚だ静かな景色である。窓の前に一間半の高さにかけた竹の棚には葭簀よしずが三枚許り載せてあつて、其東側から登りかけて居る糸瓜は十本程のやつが皆瘠せてしまうて、まだ棚の上迄は得取りつかずに居る。花も二三輪しか咲いてゐない。正面には女郎花が一番高く咲いて、鷄頭は其よりも少し低く五六本散らばつて居る。秋海棠は尚衰へずに其梢を見せて居る。余は病気になつて以来今朝程安らかな頭を持て静かに此庭を眺めた事は無い。嗽うがひをする。虚子と話をする。南向ふの家には尋常二年生位な声で本の復習を始めたやうである。やがて納豆売が来た。余の家の南側は小路にはなつて居るが、もと加賀の別邸内であるので此小路も行きどまりであるところから、豆腐売りでさへ此裏路へ来る事は極て少ないのである。それで偶珍らしい飲食商人が這入つて来ると、余は奨励の為にそれを買ふてやり度くなる。今朝は珍しく納豆売りが来たので、邸内の人はあちらからもこちらからも納豆を買ふて居る声が聞える。余も其を食ひ度いといふのでは無いが少し買はせた。虚子と共に須磨に居た朝の事などを話しながら外を眺めて居ると、たまに露でも落ちたかと思ふやうに、糸瓜の葉が一枚二枚だけひらひらと動く。其度に秋の涼しさは膚に浸み込む様に思ふて何ともいへぬよい心持であつた。何だか苦痛極つて暫く病気を感じ無いやうなのも不思議に思はれたので、文章に書いて見度くなつて余は口で綴る、虚子に頼んで其を記してもらうた。筆記し了へた処へ母が来て、ソツプは来て居るのぞ(な)といふた。

 子規の最後の文章――口で綴った文章――「九月十四日の朝」から。
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by kaguragawa | 2013-09-19 23:12 | Trackback | Comments(0)

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