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《えっ、「三島豆」の!?》   

 メモを一つ。ずっと気になってきた「三島豆」のことです。
 (三島霜川とはまったく?関係がありません。)

 《えっ、「三島豆」って何?》と、おっしゃる方が多いのだと思うのですが、そうした三島豆の地域性というか地域に限定されたお菓子だということも、きちんと調べたいと思っていますが、それは今日ふれません。お正月に出かけた折に見つけて買ったなつかしい豆菓子「三島豆」の袋に、おっ、と思うような説明書きがあったのです。(ほんとのことを言うと、その説明を、まさかメモ帳を引っぱりだして店頭で書き写すことははばかられたので、「研究費」の財布から出費して、なつかしくも素朴な風味の「三島豆」を買ってきたのです。)

 富山前田藩前田利次候参勤交代により江戸表伺候の際、郷土土産として持参されたと伝えられている糖衣豆(三島豆)は越中富山にて収穫せる大豆をもって謹製され三百年の歴史を経て今や富山名産として県内はもちろん関東・関西・九州・北海道にも郷土の香をお届けしております。三嶋豆は、ビタミン、蛋白質等栄養に併せ地豆特有の風味の豊かさをもって好評をいただいております。

三島豆の名の由来について知りたいと思って、今まで気にかけてきたにも関わらず、何の情報も得られなかったのですから、名の由来はふれられていないものの、この説明は、有り難いものだったのです。「三島豆」はいくつかのメーカーから出ているものですので、特定のものの紹介は差し控えたいのですが、情報源は明示しておきたいので記しておくと、、私が買ったものは「いきいき富山観光物産(株)が販売元になっているものです。

e0178600_16595514.jpg  (もし、興味を持たれて調べられる方がおられるとすれば、「飛騨高山」の名物ないし特産と紹介された「三島豆」があることに気づかれるかと思いますが、――味の違いはわかりませんが同じものです――実はそうしたこともきちんと知りたいことの一つなので、私なりのコメントはここではひかえることにします。)

 なお、大豆を糖衣でつつんだ白い豆菓子なので、源氏豆や源平豆とも呼ばれることもあるようです。が、源氏豆や源平豆と呼ばれるものが同じ製法の同じ豆菓子だとしてとも、富山名産の三島豆がルーツだと言えるのかどうかとなると、私には何の資料もないのです。そういった点でも、「三島豆」の名の由来を知りたいのです・・・。

 三島豆の歴史や由来など詳しい方がおられましたら、ぜひ教えをいただければと思う次第です。

〔追記〕
 かみさんによると、京都の五色豆(ごしきまめ)も同じものではないかと、という。「なるほど・・・」というわけで、googleのお世話になった。たしかに、煎り豆を糖衣でくるむという製法は、京都の五色豆も同じようである。が、――彩色の違いはともかく、――豆は京都の方は「えんどう豆」のようである。
 そういえば、節分にまくいわゆる「福豆」も、大豆の炒り豆である。
 ちなみに、【煎り豆/炒り豆】を検索すると、ほとんどが「大豆を炒ったもの」というような説明でしたが、「大豆・ソラマメなどを煎ったもの。」や「大豆を火で炒ったもの。節分の豆撒きに使われる福豆には、この炒り豆が使われることが多い。なお、炒り豆を入れる枡は「福枡」と呼ばれる。」との註釈もありました。

by kaguragawa | 2013-01-13 16:30 | Trackback | Comments(2)

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Commented by sendaimo2012 at 2018-12-11 08:14
はじめまして
高山の三嶋豆 五代目社長です。
申し訳ありませんが、うちは日本で一番古い豆菓子の老舗です。平成2年頃に小学館のサライ誌で調査され判明致しました。

富山のとあるメーカーさんが、前田公の云々と申されてますが、全くの作り話です。
白砂糖は、当時は相当高価なものであったはず。
砂糖の流通が始まるのは、天保以降、薩摩藩が沖縄を占領してのちです。
当時のお菓子はけんけらという水飴で固めたお菓子が主流でした。飛騨のこくせんはその流れを汲みます。

三嶋豆の名前は、高山市史に、明治8年創業と記録があります。三嶋治兵衛が創業したものは三嶋豆。長瀬久兵衛が創業したものは錦豆の名で世に出ました。

第二次世界大戦の時に砂糖も大豆も配給制になり、一時店舗を閉鎖。戦後復活した時に三嶋家がやらなかったため、長瀬久兵衛は馬印三嶋豆と改名し、以来70年になります。

三嶋の名前は、昭和26年に商標登録に出願しましたが、当時、地名と原材料の組み合わせでは許可が降りず、申請を却下されました。そのため、全国で11ヶ所の三嶋豆が売られる結果となりました。

今も幣舗では、昔ながらの製法で炭火を使い製造しております。どうぞ本物をご賞味くださいますようお願い申し上げます。


Commented by kaguragawa at 2018-12-24 21:47
せっかくコメントをいただいたのにご返事がおそくなり失礼しました。長瀬さんの書かれたものnet上で読み始めました。
高山はあこがれの地です。いろんなこと知りたいと思っています。
三嶋豆、お正月用に注文します。

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