初日の出 (三島霜川)   

 ふと眼を覚ますと、もう餅を焼いている芬(かおり)は、微かに鼻をうつ・・・、おお!今年という今年は初日を拝むはずだっけ。私は、勢いよく床を離れた。食事の時は何時でも一家が団欒(まどい)する部屋には、祖母やら母やら妹やら、皆いろりを取り巻いて、忙(せわ)しそうに餅を焼いている、いろりには柴が盛んに燃えて、部屋は、うっすりと煙っていた。
「もう直にお雑煮をいただくんだよ。早く顔を洗っていらっしゃい。」
 祖母は、ふと後ろを振り向いていった。私は軽くうなづいた。
「今日は昔風に、門(かど)の川で顔を洗ってきましょう。」
といいながら、土間へ飛び下りて、草履を突っかけた。そして、躍るような勢いで外へ飛び出した。

 見ると、東の空には、藍やら、紫やら、瑞雲群がり立って、その底の底の方には、微かな紅が見透かされる。
「ほ!、ちょうどいい」
 途端に、どこやらで、き、き、きいと刎ね釣瓶をあげる音・・・多分若水を汲んでいるのであろう。戸口には、門松青々として、家の栄を慶んでいるかと思われた。それを見てすらも、気が伸び伸びする。
 間もまく私は、門川の岸に立った。清冽な流れは、いささかの瀬を作りながら、静かに流れている・・・それも若水!私は、流れを掬(むす)んで嗽(うがい)をした。指先から、ちらちらと白気が立つ・・・顔を洗っていると、血も心も新しくなってくるような心地がする。

 しばらく経った。群がり立っていた雲は、いつか、どこへか片付けられてしまって、山の影は際立って黒くなってきた・・・かと思うと、東の空に一抹の紅が動いて・・・動くようにパッと染められて、旭は、赫灼として、悠(ゆるやか)に山の端に昇るのであった。流れの瀬にも、幽(かすか)な紅がちらちらする・・・この新しい光を浴びて、流れは、急に勢いづいた・・・勢いづいたように、その音が高くなったように思われた。
 夜の幕はまったく破られて、旧い年はとこしえにこの世から消えて了った。空は、映々(はえばえ)しくなって、燦爛たる初日の光、そこらに輝きわたるかと見れば、
「やあ、今年も好い元日だ!」
とさながら天上から落ちてきたかのよう、天気の和静を神に感謝するような、喜悦と満足との溢れた声がした。
 雑煮煮る煙が、村の戸ごとの屋根から朝の煙盛んに登り始めた。



 ※三島霜川の明治37年の『文芸界』新年号の作品です。幼少期の思い出をエッセイ風に仕上げたものなのでしょう。36年期の諸作品と同様の田園詩的筆致が見られますが、私にとって興味深いのは、歿年不明の“祖母”が登場していること。
 この年の同じ1月1日づけで短編作品集『スケッチ』(新聲社)が発行されると同時(2月)に、一つの方向転換を告げる「村の病院」が発表されます。その境目にある小品です。
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by kaguragawa | 2013-01-03 07:56 | Trackback | Comments(0)

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