詩「鉱毒」(2)   

「鉱毒」
                  高橋山風

いまはとて捨てゝ行くなり
住み慣れし懐かしのふる里を
顧みがちに、顧み勝ちに
人目も草も枯れ果てゝ
一歩に涙 五歩に血の
道はたゞみる渦捲く鉱烟の地

祖先が伝へし鄙歌の
この地に絶えて茲に十年
五風十雨の天の恵みも
人の情も荒れ果てし田畑山林
荒廃の里や幾里
聖代の栄えも知らぬ野人は数十万

わが祖父の墳墓既に塵に埋れて
住居の垣も軒も傾く、夢
哀願の群集に交りてし
わが父は捕縛の身となれる、現
乳なき妻は物狂
飢死し嬰児の魂や何処

迷ひゆき狂ひゆきてし人に後れて
吾は今、惆悵として、遅々として
われを産み、われを育みし、懐かしの
ふる里に別れゆくなり
満目寂として宛らに常闇の冥界の如なる
ふる里に別れゆくなり

村を挙りて他し国へ
流離の人となりし友等も
住みなれし生れ故郷を去らむ悲哀
わが如や、手の舞ひ足の踏む術も無く
さこそは悶え苦しみけめよ

荒村よさらば
廃屋よさらば
さらばさらばと見返れば
行方は河添十数里
毒水寒く波を打つて人影も無き堤際
遊び歩きし童べの
忍ばるゝかな往にし面影

袂を払えば野禽血に咽び
裾かゝぐれば喪狗纏はる
ゆきがてに、たゝづみつゝも、哭きつゝも
指すや都の巷は遥か
杳々として雲もさまよふ無限の憂愁

請ふ、言問はむ都人
かの天然を征服して余りに傲れる文明の進歩
鬼の業か魔の業かわれ知らず
奢侈はこゝに満ち、競争はこゝに踊り
貧しきは泣く間、など富みたるは益々富めるは奈何

行く手里道を夾みまた県道に衝り
をとこをみなを基として
親子同胞麗はしくも
団欒せし小いさき社会は交々滅びて
可憐や、代々杵築あげてし村里の
美は壊たれぬ到る処

眼をめぐらせば山おろし
吹き来る方の一の人集や
朝宵鉱穴に務むる鉱夫等も
危き器械を握りつめては絶間なく
想ひは家族が上に走らむを

泰西の世にきく争闘の
かの利に敏き鉱主 あひ手どりては屡々も
労力の酬ひ貧しきを憤るとふを
さてしもあらぬ幸ありや
ありやあらずや他は知らじ

たださりげなき青山の下
平野の農夫を軽むじて
雨降り積る鉱山のあなた
うづまく鉱烟陰々朦々の裡
職務忙しき朝よひを
涙もおぼえず送れるや否
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by kaguragawa | 2012-10-12 22:37 | Trackback | Comments(0)

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