霜川の《7月30日》と、木下順二の《8月2日》   

 もしかして・・・。と思う。

 先日、「霜川の《7月30日》」で、こう書きました。
 『霜川本人以外に、霜川の誕生に立ち会った人で、《霜川の誕生日=4月8日(=お釈迦様の誕生日)》ということを語ってくれる〔客観的な第三者〕は誰もいないのです。霜川が、自らの誕生日を、「お釈迦様の誕生日と同じ」と言ったことは事実だとしても、出生に立ち会ってそのことを客観的に証言してくれる人がいない限り、その内容の信憑性は担保されないのです。』
 そのうえで、『母親が息子(霜川)に「おまえの生まれた日は、お釈迦様の誕生日だよ。」と言い聞かせた可能性がある(可能性が高い)のです。』とも書きました。

 このように、霜川が自らの誕生日を、お釈迦様の誕生日と信じていた「裏」にあるものとして、母親の言い聞かせがあったのではないかと考えたのです。が、――「もしかして・・・。」と思うのです。もしかして、お釈迦様の誕生日と信じさせる《もの》があったのでは、ないかと。

 それに気づかせてくれたのは、木下順二さんの『本郷』中の次の文でした。

 “その棚沢勝造さんに、私は私の生まれた本郷の家のありかを教えてもらった。(一部略)
 夏休みに熊本に帰って母親に、番地まで聴けばよかったのがただ道を聞いて、二学期に探したけれども分からなかった。今思うとふしぎな気がするが、何でもかんでもすぐ探し当てたいというふうでもなかったようである。一年が終わって家に帰った春休み、母親の小さな机の抽出の中に、皺くちゃの和紙に私の臍の緒が包んであるのを発見した。父親の例のきちんとした墨の字で、生まれた年、月、日、時刻と、そこが本郷台町三十番地であることが書いてあった。”


 そう、《へその緒》である。もしかして――夫・重法の死後、生地富山県西部の地を引き払って息子のいる東京に出てきた霜川の母とみ(とめ)さんは、その箱書きに出生の日時などが記された息子才二(霜川)の「臍の緒」を大事に持って上京してきたのではなかろうか・・・。――と、思うのである。

 
 何の偶然か、その《臍の緒》の包紙に、その出生の日時を《八月二日 朝七時三十五分》と記された、木下順二さんのエッセイ『本郷』を、読み終えたのが、氏の誕生日98年後の、今日、8月2日だったのである。
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by kaguragawa | 2012-08-02 22:13 | Trackback | Comments(0)

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