本位田準一さんのことですが・・・(2)   

 Tさんへ

 本位田準一さんのことですが、整理して書けるような新情報はあまりないのですが、ちょっとした出会いがありましたので、その経緯だけおしゃべりの形で書いておきます。

 
 金曜日、開館三週間目にして初めて高志の国文学館に足を運んだ帰り、駅近くの本屋さんで、ある本に出会いました。大村彦次郎さんの『時代小説盛衰史』。ちくま文庫の上下の2冊本です。タイトルを見たとたんに、ちょっとひらめくものがあって、10分しか列車時間まで余裕が無いなか、まず(上)を手に取ってみました。すぐに目に飛び込んできたのが「吉川先生」の文字。言うまでもなく吉川英治です。この手の本に欲しいのが、〔索引〕です。なにしろ本文をゆっくりと立ち読みする余裕もなかったのです。
 急いで(下)の巻末をのぞくと、有り難いことに詳しい〔索引〕ありました。“もしかして”の期待を込めて、もどかしく〔は行〕を繰ると、最後の方に、《本位田準一》の名があるではありませか。 「上巻の266ページと400ページ。!!」

 ご存じのように時間もお金もない貧乏暮らしの私は、1000円の(上)だけを手にしてレジへ走った次第。〔266と400〕の数字を忘れないように念仏のように繰り返しながら。

 まず、報告の1です。絶対間違いがないとは言えませんが書誌的には信頼できる大村彦次郎さんの本に、本位田準一さんの名字に〔ほんいでん〕のルビがあったこと。
 余談ですが、「●●文学事典」のような基本となる参考図書に、先行事典の「引き写し」(丸写しとは言いません)の多いこと、それも明かな「間違いの継受」が散見されことを、今までに悲しくなるくらい見ているので、こういう信頼できる本に知りたいことが明記されているのはうれしいことです。

 報告の2。ここでの本題ではないので、もし興味がおありであれば、『時代小説盛衰史』をお読みいただくのが一番ですが、先日のお知らせで取りあげた吉川英治と本位田準一の「続鳴門秘帖」をめぐるエピソード、吉川英治と本位田祥男の「宮本武蔵」をめぐるエピソード、この2つが、特に後者がかっちりと紹介されていることだけ報告しておきます。吉川英治が武蔵の生地を訪ねた折、本位田祥男の父親と会って恐縮したことなど、おもしろい話が満載でした。(本位田準一の後日談にもふれてありますが、秋聲=白鳥には直接関係がないので略します。)

 報告の3。これは『時代小説盛衰史』からの話題ではありませんし、むしろTさんから教えていただかなければならないことがらですが、吉川英治に関連することなので、ここにメモしておきます。正宗白鳥は吉川英治のことを高く評価していたようですね。そもそも本位田準一を話題にするきっかけとなった後藤亮さんの『正宗白鳥――文学と生涯』の「年譜」中〔昭和14年(1939)〕項に、“九月、「『宮本武蔵』読後感」を「中央公論」に連載”とあるのを見つけました。
 (本文中のどこかにも、白鳥が吉川英治のことを高く評価していたと記されていたのを今朝読んだのですが、見あたりません。「『宮本武蔵』読後感」が『正宗白鳥全集』のどこに収録されているのかもふくめて、白鳥の吉川英治評についてご存じでしたら、教えてください。

 では。

 追伸、本位田準一の生没年月日はわかっていませんが、ある方からご教示いただいた情報によれば、生まれは1903(明治36)年のようです。

追記:
白鳥の「『宮本武蔵』読後感」は、新潮社版『正宗白鳥全集』(全13巻)の第6巻【評論 1】〔1965.8〕に収録されているようです。
http://kenkyuyoroku.blog84.fc2.com/blog-entry-916.html
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by kaguragawa | 2012-07-28 19:36 | Trackback | Comments(0)

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