霜川と斎藤佐次郎の出会い(1)   

 三島霜川が晩年、少年少女向けに歴史物を連載し、そうした作品を刊行していたのが今も児童文学の出版社として知られている「金の星社」。その金の星社の創業者で社主であった斎藤佐次郎さんに『児童文学史』の書があることをうかつにも知りませんでした。斎藤さんのことを知りたくて「金の星」を紹介した本など探し出して読んでいたのに、斎藤さん自身の書いた原稿に宮崎芳彦さんが詳細な注を付した『斎藤佐次郎・児童文学史』(金の星社/1996.10)という貴重な本があることにまったく気がつかなかったのです。遺稿とはいうものの、「昭和五十八年(一八九三)年秋 斎藤佐次郎」の署名のある「まえがき」まで書かれた“佐次郎が九十歳の死のまぎわまで完成を期した原稿”とのことである。

 この本に霜川も登場しているらしいことを知り、いてもたってもおられず、この本を架蔵している金沢の図書館に足を運びました。わざわざ来たのだからとほかの調べ物もしているうちに今日の私に許されている時間もなくなり、急いで本を借り出したものの、やはり霜川のことがどのように書かれているか本をのぞいてみたくなり、結局は図書館出口のベンチで780ページもある大冊の本を開きました。
 なんと、そこには斎藤佐次郎の思い出の中にある三島霜川が「晩年に数多くの児童文学を書いたことを知っている人は、少ないようである。」から始まって、6ページにもわたって回想されていたのでした。そして、「三島霜川さんとの出会いは、その晩年の十年余りにすぎなかったが、わすれえぬ思い出としてきざみついている。」との最後の文まで読んだところで、不覚にもページがにじむのにあわてて、駅へ急いだのでした。

 霜川と斎藤の出会いは、明記はしてないが、雑誌『金の船』創刊の2年後(1921〔大10〕年)、霜川46歳、斎藤29歳のことであろう(年齢は数え)。

 (続く)
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by kaguragawa | 2012-07-07 23:46 | Trackback | Comments(0)

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