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三島霜川の《本郷六丁目九番地 奥長屋》 (4)   

 この項を、「三島霜川の《本郷六丁目九番地 奥長屋》」の続きとして書こうか、「霜川「昔の女」をエッセイとして読む」の続きとして書こうか迷ったのですが、対象としている事項の比重の大きさから「《本郷六丁目九番地 奥長屋》」の続稿とします。
 昨年9月に《本郷六丁目九番地 奥長屋》の項を書いた後で、この路地が以前から不思議なゾーンとしていくつかのwebサイトで、紹介されているのを発見したのですが、東大赤門前にこんな!という驚きは、この路地を知った人の共通するもののようです。


 霜川は、この《本郷六丁目九番地 奥長屋》について、高橋山風宛ての書簡でこう書いていました。

 “生は本日を以て長屋居住を決行致し申し候。長屋と申しても最も劣等なる種類にこれ有り。其は鮫が橋に見られる穢屋(あいおく)にござ候。屋賃は一個は七十五銭、一個はより上等にて八十五銭、都合二軒にて合計一円六十銭、いかに廉価に候わずや。一個は家族住む。一個は生が書斎にござ候。其れは屋根裏を見て天床を見ず、一棟都合六軒いわゆる九尺二間の屋台骨にござ候。”

 実は、なんとこの当時の霜川の路地暮らしを語る同時代人の資料が存在したのです!。思ってもいないことであり、驚きでした。語るのは斎藤弔花、出典は先日紹介した『国木田独歩と其周囲』です。

 “霜川は紅葉門下とはいうものの、外様で、徳田秋聲に兄事していた一人、偏屈人で、赤門前の裏長屋に住んでいた。本郷の通りにこんな長屋があったことは今の人は知るまい。両側に汚い二間宛の家が五六軒づつの割長屋で、その奥に古い槐(えんじゅ)の大木が風にピューピュー鳴っていた。霜川の家庭は母と妹達は向いに住まわせ、彼は南側の1軒2間を占領していた。彼の家で手洗盥や、歯磨、楊枝はみたことはない。万年床の綿がはみ出している。反古の山の中に座って夜っ徹(ぴ)て何か書いていた。鶏の啼く頃、くるりと万年床に潜り込んで寝る。年中戸締まりをしたことはない。夜遊びに更けて、帰るに家のない連中は、本郷のこの槐長屋の家に泊まり込んだ。”

 弔花の文は、山風宛て霜川の書簡と符合する点の多いことに気づきます。
 霜川が「屋賃〔家賃〕は一個は七十五銭、一個はより上等にて八十五銭、(中略)一個は家族住む。一個は生が書斎にござ候。」と書いているように三島家は、2軒借りていました。1軒は霜川がみずから書斎として使用するための家、もう1軒は家族のためのものです。弔花は、伝聞としてではなく実見によって書いているであろうことが読み取れる文章でこう書いています。「霜川の家庭は母と妹達は向いに住まわせ、彼は南側の1軒2間を占領していた。」 
 併せて読むと、霜川自身は路地に並ぶ割長屋の南側、より上等な家賃八十五銭の家。家族(母と妹たち)は、北側、家賃七十五銭の家に分かれて住んでいた・・・(家賃は逆の可能性がありますが、霜川の書斎で来客もある方が、条件の良い物件だったと考えてよいでしょう。)。
 それにしても弔花さん、霜川が路地の南側(法真寺側)に住んでいたということまで記録に残しておいてくれました。有り難いことです。“窓の下は古墳塁々として塔婆海苔麁朶の如く立つところ、一種の臭気を含む湿気は境に充満致し居り候。”と、霜川が書いたのは、まさしくあの樋口一葉ゆかりの法真寺の墓地のことだったのです。

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おおよそ半年ほどしか住んでいなかったこの「奥屋敷」のことが、霜川と弔花の文によってパッとスポット照明がついたように鮮明に眼前に現れてきました。それにしても霜川の《本郷六丁目九番地 奥長屋》の住まいについてこれほどのことがわかろうとは驚きの限りです。  
 
 いずれにせよ、2012年の現時点で、東大の赤門前にこんな一画がという驚きは、70年の時空を超えて弔花の“本郷の通りにこんな長屋があったことは今の人は知るまい。”という弔花のメッセージにつながっていくから、これまた驚きです。

*写真は、今もこの赤門前路地に残る現役のポンプ式井戸

 実は、うれしいことに、この《本郷六丁目九番地 奥長屋》のことについては、私にとって新知見がここ数ヶ月の間にいくつもいくつも得られたのです。
 続く報告は、この明治34年の事前と事後のことがらになります。
 (続く)

by kaguragawa | 2012-04-19 22:57 | Trackback | Comments(0)

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