霜川の「岩見沢」、啄木の「岩見沢」「釧路」・・・   

 前項で少しふれた三島霜川の「ドブ」。これは「新小説」〔1908(明41)1月号〕に発表された小説ですが、この作品の舞台は北海道です。(霜川は、北海道を訪れたことがあるのでは?・・・、と思っています。今、調べる余裕がありませんが。)

 “××というところは、札幌からちょっと十里ばかり、山に近い平原であって、戸数も五百戸近くある。この地方ではかなりの町で、わずかの農産物の他にはこれという産物もないが、札幌、旭川、室蘭、幾春別の方面からやってくる、四線連絡の中心となっている故か、新開の町としては賑やかな方で、汽車の貨物も相応に集散するし、大きな鉄工場もあれば、木工場もあり、その職工や人夫や駅夫が、方々から集まって来て、いわゆる渡り者の多い町であった。”

 なぜ霜川があえて「××」と伏字にしたものかわかりませんが、これは「岩見沢」であることはこの具体的な説明から明らかです。主人公の〔幸次〕は、足尾銅山などを放浪の後岩見沢にたどりつき駅で人夫として働いているのです。
 ところで、今までこの北海道の作品にあまり興味をもっていなかったのに、今回場所探しまでしたのは、つい先日、明治期の北海道の鉄道を調べたばかりだったからです。通称「釧路鉄道」、「安田鉄道」というのが正しいようですが、安田善次郎がかかわった北海道の硫黄鉱山のことを調べていて、北海道の2番目?というこの鉄道のことを知ったのです。
 このことは、「釧路集治監」の囚人労働を抜きにしては語れないので、項をあらためようと思います。

e0178600_21313473.jpg それよりも、〔明治41年1月〕・〔岩見沢駅〕の二つの時空が交わるところに石川啄木がいること。そして、その先に啄木の釧路があること。安田善次郎の20年後の釧路です。
 そんな無関係ながらも不思議に結び合っていることどもについても、いずれ整理して書いて見たいと。。。


                                        *明治30年頃の岩見沢駅
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by kaguragawa | 2012-01-12 20:14 | Trackback | Comments(0)

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