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霜川の父・三島重法のこと(1)   

 脈絡のつながらない話を突然持ちだして恐縮なのですが、三島霜川の父・重法の話題です。昨日、三島家の戸籍に霜川の父・重法に関してこう書かれているのを見つけたのです。(この戸籍関係書類は研究家の手写しの稿しか残されていないのですが。)

 ・明治七年五月二十日ヨリ 為稼京都府下烏丸通四条下ル水銀町安原一郎方寄留
 ・十二年三月 帰省


 今まで話題にされたことのないこの霜川の父・重法の5年にもわたる京都寄留を、どう考えればよいのか。

 着目すべきは、霜川(本名:才二)が生まれたのが明治9年ですから、霜川は父のこの京都寄留期間中に生まれているという大事なことがらです。
 戸籍(附表)記載の「為稼」は、“仕事のため"の意かと思うのですが、その「稼」とは何であったのか、その「稼」は、烏丸通と四条通の交差する京都洛中ど真ん中の寄留地に関係があったのでしょうか。重法は、数え年齢でいえば17歳から22歳にわたる若き日を異郷に過ごしたことになるのですが、単身だったのか妻同伴であったのか、そもそも重法の結婚はいつであったのか、その間、三島家の郷里の医家はどうなっていたのか・・・。次から次へと疑問が出てきます。それにしても、重法はなぜ5年も家をあけねばならなかったのでしょう。

by kaguragawa | 2011-06-14 22:31 | Trackback | Comments(0)

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