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原子力の技術論論点と損益分岐点的論点の向こうに   

 いろんな事情があり、ゆっくり書き込みができなかったのですが、少しずつ復帰していきたいと思っています。

 3月当時、原子力発電所の事故についていくつかのことを書きましたが、そのとき書こうと思いながら書ききれなかったことがありました。「科学」についての再考、深考の必要性でした。が、私の手に余るもの・・・と、回避してしまったものです。

 事故の後追い的な解説をする能力しか持たない自然科学者しかマスコミに登場しないことを批判的に書きましたが、そうした苦言の裏には;
 1)社会科学者を、コミュニティ論などの観点だけでなく、規制“基準”のもつ法律的論点についても、さらには原子力の政治経済学という論点までふくめ、もっと登場させるべきだということ。
 2)言いかえれば、“人間にとっての科学の存在意義”を、原子力の技術論論点と損益分岐点的論点の行きつく先に見据えて、掘り下げること。
・・・の提言があったのです。
 ようやく最近そうした議論が見られるようになってきたようです。急ぐ必要はありませんが、多くの智者の方々が、多くの議論をし、我々が考えるための道ならしをしてもらいたいものと、願ってやみません。


 なお、余談に近い感想ですが、三島霜川の短編「解剖室」が、――“解剖”の根底にある発生学的論点という限定的な視点からですが、――人間にとって科学とはなにか、科学には何が許されるのか、という問題提起をしていることを(私にとっても意外だったのですが)、指摘しておきたいと思います。

by kaguragawa | 2011-05-05 22:52 | Trackback | Comments(0)

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