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満洲のトマス・ウィンと漱石(1)   

 ちょっと調べ物をしようと思っていたのですが、資料が見あたらなくて、ごろりと横になって手近にあった漱石全集――といっても昭和40年代初頭のハンディな、全集と言う名の筑摩の選集の第6巻――を、開けエッセイの「思い出す事など」を拾い読みをしていた。理由はわからないのですが、文中に「大島将軍」(大島義昌/関東総督)の名前を見た瞬間から、“なにか”にぐいぐい引っ張られるような気がして、全集6巻中のもう一篇のエッセイ「満韓ところどころ」を最初から読み始めたのです。根拠はまったくないのにある予感めいたものがあったのです。

 漱石の、親友・中村是公(当時満鉄総裁)に招聘された、大連を中心とした満州行きは、1909(明42)年である。とすれば、このとき、その地にはプレスビテリアン(長老派)の宣教師トマス・ウィンが夫妻でいたはずなのである。漱石は、満洲でウィンに出逢っているのではないか・・・。“根拠はまったくないのにある予感めいた”思いとは、このことだったのである。
 ウィンは、明治期の北陸の地にプロテスタントのキリスト教を最初に広めた開拓の師である。ウィンが金沢にいたのは、1879年から1898年の約20年間。その後、大阪での布教を経て満洲に渡るのである。1906年から1923年、なんと55歳から72歳にわたる老熟したともいえる時期にウィンはまたしても開拓者の魂をもって宣教活動を行ったのである。

 1909年9月2日に、漱石を乗せ神戸を発った船は大連へと向かう
 “退屈だから甲板に出て向こうを見ると、晴れたとも曇ったともつかない天気の中に、黒い影が煙を吐いて、静かな空を濁しながら動いて行く。しばらくその痕を眺めていたが、やがてまた籐椅子の上に腰をおろした。例のイギリスの男が、今日は犬を椅子の足に鎖で縛りつけて、長い脛を上の伸ばして書物を読んでいる。もう一人の異人はサルーンでなにか頻りに認め物をしている。その細君はどこへ行ったか見えない。アメリカの宣教師夫妻は席を船長室にわきへ移した。甲板の上はいつもの通り無事であった。”
 「満韓ところどころ」

  大連へ向かうアメリカ人の宣教師夫妻?!。この二人、もしかしてウィン夫妻ではないのか。
 その可能性はきわめて高い・・・!。

by kaguragawa | 2011-04-27 00:10 | Trackback | Comments(0)

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