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安田善次郎の生家跡を訪ねて   

 先週の土曜日、やっと思い立って「安田記念公園」に――大げさな名ですが富山市内の町の一角の小さな公園です――、行ってきました。

 安田善次郎――。明治の銀行王とでもいうべきなのでしょうか。善次郎の生家跡が公園になっているのです。

 由井常彦『安田善次郎』(ミネルヴァ書房/2010.9)を持って、初めて訪ねた公園は、いい公園でした。「松翁 安田善次郎翁誕生地」の大きな碑を正面に据えたあずまやのベンチで、陽だまりのなか、その公園にちなむ先人を偲び時を忘れて、その書を読みふけりました。
 二日前のことなのにもうなつかしいひとときです。

 *注) 安田記念公園は、富山駅から歩いて10分ほどの住宅地にある“ふつうの”公園です。誕生地の碑は、高橋是清の字で刻まれています。このことが深い思いをいだかせてくれました。


〔追記:12/1〕
 あることが気になって、仕事の空き時間に「誕生地碑」をあらためて訪ねました。碑の文字が高橋是清の書であることを意識しだしてから、碑の背面に刻んであった碑建立の日付が気になってきたのです。たしか、“昭和11年”ではなかったか・・・。e0178600_21191568.jpg
 12月にしてはぽかぽかと暖かい昼下がり、ひと組の親子が遊ぶ公園にこっそりと入り込み、碑の後ろに回り込んであらためて確認した文字は、「昭和十一年三月建立」でした。
 言うまでもなく、昭和11(1936)年2月、高橋是清は、二・二六事件でいのちを奪われています。安田善次郎が暗殺されたその15年後に高橋是清も凶刃に斃れることになったのです。それにしても高橋是清が亡くなったその翌月に建てられた是清筆の善次郎誕生地碑とは、いったい誰がどのような思いで建てようとしたものなのでしょうか。


 善次郎の生まれは、天保九年(1838)ですので、生誕百年にあたる1938(昭和13)年に向けて建立が計画されていたのだと思うのですが、この碑が安田善次郎をたたえるものであると同時に、高橋是清への深い追悼の碑にもなっているという事実です。
 この「昭和十一年三月」の文字にしばし歴史への言いようもない思いをいだいて、公園をあとにしました。

by kaguragawa | 2010-11-22 21:13 | Trackback | Comments(1)

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Commented by suiryutei at 2011-04-02 11:36
こんにちは。
この公園に連れて行ってくださったときのことが思い出されます。本当に「ふつうの公園」で、それがまた好ましく思われました。
それにしても建立が2・26の翌月のことだったとは。

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