『堺利彦伝』 拾い読み(2)   

 途中から拾い読みを始めた『堺利彦伝』、冒頭に戻って、引き続き拾い読みを続けています。
 読むほどに堺利彦という人がいじらしいほど魅力的な人物であることがわかってくる。黒岩さんが惚れこむのもさもありなんという気がする。
 「私の母」という段から少し書き写してみます。

 “母はまた、憐み深い性質であった。折々門に来て立つ乞食のたぐいなどに対して、いつも温かい言葉をかけていた。母は不器用なたちで、風流と言ったような、気のきいた点は少しもなかったが、それでいて自然に対する素朴なアコガレを持っていた。例えば、活け花などという物に対しては、母はほとんど何の感興を持っていなかったようだが、山や川に対しては、「おおええ景色じゃなア」などと、覚えず感嘆の叫びを発したりすることがあった。そして、私は、母の感嘆の叫びに依って、自分の目が開いたような気がしていた。”

 “母は滅多に外出しなかったので、たまに前の山に千振摘みなどに行く時、私らはそれを大変珍しいことのようにして、そのあとについて行った。母は千振を摘んでは陰干しにしておいて、毎朝それを茶の中に振りだして飲むのであった。千べん振ってもまだ苦いというのが恐らくその名の出所であろう。私もいつかその真似をして、あの苦い味わいを、何か少し尊い物のように思っていた。e0178600_2310393.jpg
後に私が人生のある事件を論評する時、「苦行の甘味」という言葉を用いたことがあるが、それは千振の味に思いを寄せたのであった。また千振という草のツイツイと立っている姿、あのささやかな白い花の形などが、何とも言われぬしおらしさを私に感じさせた。そして、それも恐らく、母から開かされた目の働きであったろうと思う。


     千振(センブリ)の花
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by kaguragawa | 2010-10-25 23:05 | Trackback | Comments(4)

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Commented by ろこ at 2010-10-26 21:32 x
かぐら川さん、こんにちは。
 何という情味のある文章でしょうか!堺の母親の人となりをこれほどの情感をもって千振の花に事寄せて書く堺の文才の豊かさに驚かされます。
 私も『堺利彦伝』を俄然読んでみたくなりました。
Commented by kaguragawa at 2010-10-27 23:39 x
平明であってリリカルである不思議な魅力を、堺利彦の文章も思惟も、もっているようですね。
黒岩さんの本の「年譜」を横において読むといいかも知れません。
Commented by さと at 2010-11-15 23:18 x
堺利彦さんも初めて知る名前ですが、せんぶりの写真の素敵なこと、この文章もとても情感あふれて素敵ですね。
特に、山や川に対しては、「おおええ景色じゃなア」などと、覚えず感嘆の叫びを発したりすることがあった。自然に勝るものはないと今更ながら思います、
Commented by かぐら川 at 2010-11-16 22:49 x
この自伝は、何度も投獄された経験を持つ社会主義の闘士が書いたものかと驚くほど、柔らかな感性で書かれています。
それに加え、要所要所に叙述を公正に保たせようと書き加えられる堺の一言も、この人らしさを感じさせます。書店で見かけたら手にとってみてください。

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