秋の良き日の東京   

 (時間がないままに綴るいつもながらの雑駁なメモです。)

 土曜日は、東京でした。日曜の朝は町内の除草行事があるため、一番列車で行って、最終列車で帰る日帰りとなりました。

 メインは、3時からの黒岩比佐子さんの『パンとペン-社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』刊行記念講演会だったのですが、その前後にいつもの「東京歩き」を愉しみました。

 10時に東京駅に着きすぐ山手線に乗り換え、品川へ。高輪・白金台近辺を少し歩く予定。なんのことはない三島霜川のゆかりの地巡り。つい先日、「番地」まで確認できた二本榎西町の住居跡を訪ねてみようとの思いながら、予想通り「二本榎西町《3番地》」は、かなり広く、おそらく当時とかなり様変わりした高級住宅街?の現在の白金台では、場所の特定も往時の雰囲気も味わうことは無理のよう。(明治40年の作品「虚無」はここで書かれている。)
 この辺りは、堺利彦20代後半のゆかりの地でもあって、黒岩さんの本に関して書いておきたいことも――屠牛場――あるが、割愛。
 二本の榎が植わっていたという高台の縄手道(?→高輪)――東海道よりお古い道と言われる――に往古を偲ばせるものはないが、明治~大正期をほうふつとさせる建築がいくつも残っており、散策。明治学院大のなかのチャペルは、ヴォーリズの設計によるものとは知っていたが、帰宅後、ここでヴォーリズが結婚式を挙げたことを知りがっかり。時間を惜しんでほぼ素通りになってしまったので・・・。

 次に、渋谷から井の頭線に乗り換えて、駒場へ。ケルネル田圃だけは見ておきたかったのだ。かすかながら賢治ゆかりの地でもあるが、農学史を副業にしている?私には必見の地なのである。
 井の頭線によって南北に分断され、南の駒場野公園と北の駒場公園に分かれているが一帯はかつての駒場農学校(のちの農科大学)のキャンパス地。日本近代文学館にOさんを訪ねた帰り道(住宅街のハナミズキの紅葉がうるわしい色合い)、もう一度田圃に立ち寄ると人だかり。近くの小学生?が稲刈りをしているのだ。

 立ち見も予想される黒岩さんの講演会のことが気になり、早めに神田神保町すずらん通りの東京堂書店へ。病身で2時間の講演はしんどいだろうと思われるのだが、静かな語り口ながら気迫のこもった内容に、心動かされました。

 夕闇のなか、三崎町教会に立ち寄り、ミロンガでおいしいコーヒーを飲み、もう一つ欲張って神田美土代町7番地に「東京基督教青年会(YMCA)会館」跡地を訪ねて(現在:住友不動産神田ビル〔ベルサール神田〕)――4年前に竣工とのこと。かつて訪ねたときは工事中――、神田駅から東京駅へ、。(奇遇にも金沢に戻るKさんに遭遇)。
 11時55分帰宅。良き日なり。
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by kaguragawa | 2010-10-19 00:54 | 街歩き/たてもの | Trackback | Comments(5)

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Commented by ろこ at 2010-10-19 23:25 x
こんにちは。
 黒岩比佐子さんの講演会は感動的でしたね。
 かぐら川さんは当日は随分あちこち「東京歩き」を愉しまれたのですね。私もヴォーリズの作品が大好きで 近江八幡で開催されたヴォーリズ展 では建築物をたくさんみてきました。賢治ゆかりの地もご覧になったようで、思い出したのですが、小澤征爾の恩師、斉藤秀雄は宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』の楽長のモデルではないかとの仮説があるようですね。
 私は当日新幹線でとんぼ返りしてまだ疲れが残っています。黒岩さんもさぞかしお疲れになっただろうと心配しています。
 取りとめもないコメントでごめんなさい。
Commented by かぐら川 at 2010-10-20 23:36 x
心配していたのですが、黒岩さんちょっとダウン気味のようですね。3日には堺利彦の故郷の地で講演の予定とのことですが、その後は無理をせず加療に専念していただき本復をされることを願わずにおられません。
ところで、我が家にも斎藤秀三郎さんの名著『熟語本位 英和中辞典』があったことを覚えているのですが、今は所在不明です。父が買ったものですが(使ったものではなくて)、中学生の頃、朱色のこの辞書を見つけてのぞいたところ、「これはペンです。」みたいなものが訳文の典型だと思っていた私には、この本にはくだけた訳例が満載で、「こんなんでいいんかな?」と不思議に思ったことを思い出します。
Commented by かぐら川 at 2010-10-20 23:37 x
『嬉遊曲、鳴りやまず―斎藤秀雄の生涯』は、新潮文庫ででたとき、飛びつくように買ってよみました。斎藤秀雄と賢治の出会いは、だいぶ前の我が日記に書き抜いたものを探して引用するとこのように書いてありました。――“中丸美繪『嬉遊曲、鳴りやまず―斎藤秀夫の生涯―』(1896.7/新潮社)は、1928(昭3)年の2~3月にかけて、賢治が上京し、新交響楽団〔後のNHK交響楽団〕の練習(斎藤秀夫の指揮も)を見たことを推測している。
『セロひきのゴーシュ』に登場する指揮者のモデルに、チェリストでもあった斎藤秀夫を想定しているからである。(なお、2年前の1926年の年末にも賢治は、新交響楽団の練習を見ているが、当時、斎藤は、ドイツ留学中。)”
Commented by ろこ at 2010-10-22 20:07 x
かぐら川さん、こんにちは。
 黒岩さんの体調が心配ですね。休みなしの二時間ぶっ続けの講演でしたからお疲れになったでしょうね。何かできることはないでしょうかねえ?
 ところで、名著『熟語本位 英和中辞典』(岩波書店)をお父様がお持ちだったとは、すごいお父上ですね。
 『嬉遊曲、鳴りやまず―斎藤秀雄の生涯』が出てすぐにお読みになった由、さすがですねえ。秀雄はセロ弾きのゴーシュのモデルのような気がしますね。
 
Commented by kaguragawa at 2010-10-23 08:08
サイトウキネンオーケストラという稀有なオーケストラが毎年活動をつづけているほどに斎藤秀夫という人の影響(ひとづくりの成果というべきでしょうか)の大きさを思います。
黒岩さんの講演から一週間がたちますね。フェニックス黒岩の健在を祈りたいと思います。

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