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霜川の「解剖室」の想源(1)   

 きのう、「明日は久しぶりに霜川のことを書こうと予定?してます」と予告したのですが、図書館に寄ったものの“これっ”という資料が見あたらなかったので、今から書こうとしていることは、今のところ資料的裏付けのない「推論」ということで、お読みください。

 三島霜川の代表作として挙げられる作品が中央公論に発表された「解剖室」です。ある医学校の解剖学の教諭の物語です。この作品は代表作とされただけに彼の作品としてはめずらしく多く解説めいたことが書かれてきました。そのとき、この作品の背景について言われたのが、三島霜川の出自が代々の医家であったこと、霜川自身が医学校に学んだことがあるという経歴です。そうした見聞や経験がこうした独自のテーマの作品を霜川に書かせたというわけです。

 しかし三島家はたしかに代々医者であったとしてもそれは江戸時代以来の漢方の医術だったようです。旧来の医者の家に生まれたことが、医学校での解剖学の教師や解剖の現場を描くことにつながるものではないでしょう。そして霜川の医学校歴――具体的には、済世学舎(私立の医師養成学校)に学んだという――については、上京後の霜川の足跡を追った何人かの研究者の方が否定的な考えを述べています。霜川は済生学舎に学んだ事実は確認できないというわけです。
 霜川になんらかの医術についての知識があったにせよ、そうしてこうしたことの知識と興味が、小説のテーマに「医」を選ばせたとしても、ヘッケルを口にする解剖学の学士を登場させ、解剖実習の手順まで書きこむには別の事情があったのではないでしょうか。

 そう思っていたとき、現代の解剖学の専門家の方がこの「解剖室」を、つぎのように紹介されているのを読んだのです。

 “ほとんど知られていないと思いますが、若いころ読んで印象的だった本があります。三島霜川の「解剖室」です。(中略)
 明治時代のある大学の解剖学実習で、ある日若い少女の解剖が行われることになり、学生たちが大騒ぎするところから始まります。物語は冷徹な科学の信奉者であり、かつ手早く鋭い解剖技術を持った教授が登場し、その少女を解剖することになりますが、いつものようにはいかない、遺体を前に動けなくなる・・・。
 短い小説ですので15分ぐらいで読めます。明治の文体にも味があります。”

by kaguragawa | 2010-07-24 22:36 | Trackback | Comments(3)

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Commented by 平名 at 2010-08-08 00:50 x
 昔大學で学部に上った学1の時、解剖実習が或ると云う事で一年生だけストに入らず「全学スト」に成らず 「あれだけ盛り上がっていたのに、、」と当時の学生運動家達の汚点?のクラスでした。 「師活屍」と云う字を想いだします。 皆「師は生ける屍」と現代風に読んでました。左端に小さく縦に「合掌」と有りました。
Commented by kaguragawa at 2010-08-08 21:48
平名先輩、ありがとうございます。web上で、「屍活師(しかつし/屍は生ける師なり)」という言葉を見つけました。「師活屍」も同義なのでしょうね。検索中に、医学部における「解剖」や「献体」ということについて、有意義な記事をいくつか読むことができました。三島霜川の「解剖(学)」に対する知見や関心が深いものであること、彼自身の「献体」希望はそうした「解剖」への想いと不可分のものであるということも自分なりに諒解できたように思います。
Commented by 平名 at 2010-08-09 18:43 x
 御免 私は「先輩」ではありません。 「豚」違った「猪」年ですから、、 墜、「メタ簿」なもんで、、解剖学での遺体は、魔だましですが法医学での遺体は凄いものも有ります。

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