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京都ちょこっと街歩き   

 先週の土曜日、京都に行ってきました。個人的な所用だったのですが、別に1時間ほど自由な時間をつくって、上京区寺町通丸太町上ルのあたりを訪ねました。そもそも1時間の時間でどこを訪ねようかと考えたとき、まず思い浮かんだのは「洛陽教会」でした。
 この洛陽教会の近くに新島襄の旧邸もあるらしいと出掛ける直前に知ったのですが、確認できないまま京都に向かい、地下鉄で丸太町駅に向かうことになりました。京都御苑(御所)に南接する丸太町通りを、京都御苑目にはもくれず東に進み、といっても最後は御苑にはいり富小路口から寺町御門口へショートカットで抜けて、寺町通りに出ました。

 なんと、寺町御門口を出たところには「京都市歴史資料館」があるではありませんか。時間がないとはいえ、立ち寄らないわけにはいきません。そしてさらに驚いたことに企画展「高瀬川」で古地図や資料を展示してあるのです。そんなことなら下勉強をしてくるのでした。前回の京都歩きのときは、わずかながら高瀬川をたどったのですが、それ以来勉強も進まず・・・。貴重な古地図類も未消化なまま眺め、ただしかなり詳細なガイドペーパーを手にして、時間を気にして退出。

 次は、新島襄旧邸。こちらは少し気持ちの上で用意はあったのですが、なにしろ新島襄については、はずかしながら名前を知るのみで何も知らないのです。このようなかたちでの出会いは荷が重すぎました。が、まずはいった部屋に足踏み式のオルガンが――妻・八重が弾いていたという――置いてあり、先客の方がブーブーと弾いていて?、気がほぐれました。
 明治期のキリスト教受容を理解するには新島の踏み行った第一歩を、私なりに跡づけるしかない・・・そんなことを考えていた矢先、思いがけず、新島の方から声をかけていただいた、そんな風に考えてみようと思い、気が楽になったような次第です。

 「明治期のキリスト教受容」などと難しいことを言いました。が、しかし、その先に今回訪れようとした「竹久夢二の洛陽教会」もあるのです。運よく?、HPなどにはどうぞご自由にお入りくださいと書いてあるその洛陽教会のドアが閉まっていて、外観だけ見学して、――私にゆるされた時間はとっくにオーバーしてしまっていたのです――帰路につきました。

 以上、報告にもならない報告を書き連ねました。先日来、多くのことを教えてもらった関谷定夫『竹久夢二――精神の遍歴』(2000.10)の「夢二年譜」の1912年の項を書き写して、この項「洛陽教会」の補いにさせていただくこととします。

 “【1912年】 11月23日~12月、京都府立図書館で湯浅半月館長の好意で第一回夢二作品展を開催、そのあと京都洛陽教会のクリスマス礼拝に出席、木村清松牧師の説教を聞き、悔改決心。12月末、東京のたまきのもとに帰り、「おれもとうとうクリスチャンになった」と告白。”

by kaguragawa | 2010-07-13 22:33 | Trackback | Comments(0)

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