《南原繁シンポジウム》on射水市   

 メモ。

 《南原繁シンポジウム》聴講。加藤節氏の基調講演「南原繁の戦後体制構想――ナショナリズムとデモクラシーをめぐって」は、南原繁の葛藤し実践する素顔を戦中、戦後のいくつもの局面で描き、そこを導入として南原の思索の射程が現代まで及んでいること、いな今こそ南原に学ぶべきであることを教えてくださいました。
 それにしても半世紀前の南原発言は、現代の憲法状況にとっても、なんと根源的で示唆的であることか。
 
 戦後の日本に大きな影響を与えた政治学者で教育家でもあった南原繁をめぐるシンポジウムが、富山の片田舎で開かれたにはわけがありました。南原は東京大学を卒業後、内務省にはいり射水郡長として現在の射水市の地に実践の場を得たのです。南原が射水の地に残したものについて普段語られることはありませんが、その「後世への遺物」の大きさには驚くべきものがあると考えています。

 こうしたことがらについては、時間のあるときにあらためて。
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by kaguragawa | 2010-03-01 23:29 | ひと | Trackback | Comments(0)

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