堀田善衞の生家跡を訪ねる(3)   

 JRの伏木駅から歩いて行ける距離なのかどうかも確認しないまま、氷見線に乗り込んでしまったのですが、小さな駅舎内に観光案内所がありそこを訪ねました。伏木の町は、勝興寺(越中国庁跡という)や万葉歴史館など車では何度も来ているのですが、旧町をゆっくり歩いたこともなければ、どの辺りがめざす廻船問屋が立ち並ぶ通だったのか、それが駅から歩いていけるところなのかがわからないのです。

 駅の案内所にあった簡略な地図には、堀田善衛の生家跡はしるしてないものの八軒問屋があった地区にあると言う伏木図書館は記載があり、それを頼りに近くへ行ってみることにしました。そのとき、私の不安げな様子を見て取ったのか案内所の方が「どこへいかれるのですか」と声を掛けてくださり、なんと幸いなことに資料としてもっておられた「明治期の居宅絵図」をいただけることになったのです。
 なんともうれしいことに、そこには廻船問屋の家々が藤井能三(能登屋)、堀田善右衛門(鶴屋)、稲尾徳平(氷見屋)などとはっきりと記してあるのです。

 “生家跡といってもそこにはなにも残っていませんから。”という言葉にお礼を言って、駅前から旧町の辺りへ向かって歩き始めました。何もなくてもよいのです。私は、“その地に立ってみたい”、それだけなのですから。
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by kaguragawa | 2010-02-14 15:55 | Trackback | Comments(0)

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