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二人のミセス・タッピング(3)   

 私は、賢治がパイプオルガンの威容とその響きに接したのは、本郷=国柱会時代の本郷中央会堂においてではなかったのかと仮定し〔第一仮定〕、さらに賢治に本郷中央会堂のパイプオルガンを紹介したのは、盛岡時代のタッピング夫妻ではなかったかと想像しています〔第二仮定〕。

 ところで、賢治の盛岡での学生時代――「賢治は人格形成期を盛岡ですごしました。」と入沢康夫氏がおっしゃっている、この時代――は、タッピング夫妻の在盛期間に一致しています。上記の仮定を検証しようとすれば、盛岡での賢治とタッピング夫妻の交流について詳細に振り返ってみる必要があるでしょう。が、ここでは、〔タッピング夫妻は賢治が西洋文化に接する窓口とも教師ともなったのではないでしょうか、言い換えれば、タッピング夫妻その人たちと、夫妻の周辺の教会文化は、賢治にとって生きた西洋文化そのものだったのではないのでしょうか〕とだけ前置きして、オルガンのことに話題を戻しましょう。
 
 タッピング夫妻は賢治に本郷中央会堂のパイプオルガンのことを語る機会はあったのでしょうか。
 教会や夫人の幼稚園にあったであろうリードオルガンやピアノから本格的な鍵盤楽器パイプオルガンにまで話が及ぶことは十分にあったと考えていいでしょう。であれば当時、日本でも有数のパイプオルガンであった本郷中央会堂のオルガンのことも話題になった可能性は十分にあります。本郷中央会堂はキリスト教の一つの教会であると同時に日本人に開かれた西洋文化の拠点としても東京では知られていたことも思い合わせてもよいと思います。

 このような想像をふくらませていた時、あるエピソードに出会いました。

 本郷中央会堂にパイプオルガンを設置するに大いに力を尽くしたガントレットは、山田恒(子)という日本女性と結婚しているのですが、この結婚式の際に、ミセス・タッピングが新婦・山田恒の髪を整えた、というのです。タッピング夫妻が盛岡に来る10年ほど前のことです。

 本郷中央会堂のオルガンとタッピング夫妻をつないでくれる貴重なエピソードです。

 (続く)

by kaguragawa | 2009-08-16 21:31 | 明治大正文学 | Trackback | Comments(0)

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