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秋聲「焚火」の火種―《注》   

・〔秋聲「焚火」の火種(1)〕の注

 発表順としては、霜川に「銃猟」に先だって「曙光」という先駆作があることをすっかり忘れていまして、前項(1)を補訂しました。正直に言うと、きちんと照合する労を惜しんでいまして、あらためて気づいた次第です。
 順を追うと、「曙光」には、ペスという猟犬が登場しますが、「銃猟」には猟犬は登場せず、「霜のあかつき」には猟犬ジャックがでてきます。この猟犬ジャックは、秋聲「焚火」にも登場します。

 さらに、話は繁雑になりますが、明治35年8月の「太平洋」に掲載されている「朝の平和」には、“あか(赤犬)”と呼ばれる西洋種の犬が登場します。 しかも、この「朝の平和」に犬が登場する部分は、「曙光」の一部を転用しているのですが、作品の構成からすると、「曙光」→「朝の平和」→「銃猟」という系列があるとまでは言えないようなので、「朝の平和」は系列作順から除外しました。

 *「朝の平和」は、Yさんからコピーを頂戴したもの(既往の作品年譜に未掲載のもの)。「太平洋」明治35年8月4日号に(一)、「太平洋」明治35年8月11日号に(二)が掲載されている。続稿があるようだが――霜川おなじみの末尾の(をはり)の三文字も、(二)の末にはまだ見えない――、私の無精さゆえ、まだ原紙にあたっていないので不明。
(参照) http://kaguragawa.exblog.jp/21742594/


〔追記〕
 関連のブログ記事に、「銃猟」の名前のtagを付けることとしました。
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by kaguragawa | 2015-10-24 15:55 | Trackback | Comments(0)

秋聲「焚火」の火種(1)   

 『徳田秋聲全集』(八木書店版)の第6巻に、「焚火」という短編が収録されている。この作品を私は読んでいなかったのですが、kamei asamiさんが、先日(10/2)、自身のtwitterで、次のように書いておられるのを目にしました。

 徳田秋聲『焚火』(「趣味」明治40年1月)は、早くから翻案または三島霜川の代作と噂されていて、「中央公論」同年2月時評では〈「焚火」はツルゲネフの「猟人日記」の中に入れても恥かしくない作だ。若し噂の如く三島霜川の作とすれば、霜川の文才詩情なかなか驚くべきものだ。〉と指摘されていま〔す。〕

 秋聲の名で発表された作品「焚火」が霜川の作だといううわさが、発表直後に出ていていたというのである。それに加え、私にとって愉快でありまた不思議でもあったのが、その論評子が「とすれば、霜川の文才詩情なかなか驚くべきもの」と述べているくだりでした。霜川を見直したといわんばかりの口吻は、名前は知られているものの作品が読まれていない三島霜川という作家の状況が、今も100年前も同じであることをでした。と言っても、この不勉強?な論評子とは違い、久保田万太郎などは、「中学時代に霜川氏の小品「スケッチ」を愛読し、それから文学的に学んだことの多い」ことを語っていたというから、見るべき人は見ていたのだなと思うのですが。

 前段というか余談が長くなってしまいました。霜川の作といううわさのあった秋聲の「焚火」という短篇を、――未読であったこの作品のコピーを入手できたので――、ここで少しずつ、読み解いて?みたいと思うのです。
 その際、議論の“つま”に霜川の「霜のあかつき」という作品も取り上げます。
 結論を先取りしながら敷衍すれば、霜川の「霜のあかつき」(明治36年11月「婦人界」/金港堂)と秋聲の「焚火」(明治40年1月「趣味」/彩雲閣)とは、内容に即していえば、《後者が前者の改稿作》の関係にあるからです。つまり、三島霜川「霜のあかつき」の改稿作が、徳田秋聲の「焚火」という作品として世に出ているという、関係になっているのです。
(追記:「霜のあかつき」に更に、「銃猟」←「曙光」という霜川の先駆作があることも、先に、一言しておきます。)

 *「曙光」 明治35年1月「半面」掲載/半面発行所
 *「銃猟」 (小品集)『スケッチ』(明治37年1月/新聲社)所収

 続きは、来週の予定?です。
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by kaguragawa | 2015-10-21 21:49 | Trackback | Comments(0)

三島霜川「朝の平和」   

 ある会合(※)でYさんから三島霜川の著作目録未掲載の作品「朝の平和」のコピーをいただく。

 明治35年8月の週刊写真画報「太平洋」(博文館)に掲載されたもの。霜川の友人(という表現が妥当かどうか疑問だが)桐生悠々の縁によるものか。
 〔追記;桐生悠々はいっとき、この「太平洋」の編集長だったこともあるのだが、確認したところ、この当時は、すでに博文館を退社している。〕

 明治35年当時の霜川の、まさしく霜川の文体の、作品。「阿武隈」の地名が見えるのも興味深い。手元に今資料が無いが、「阿武隈」は、他の霜川作品にも登場する福島の地名である。

 Yさんのご厚意に心から感謝、感謝。


  ※富山文学の会「第5回ふるさと文学を語るシンポジウム」

〔追記〕
 拝受した『太平洋』は、明治35年8月4日号と同8月11日号である。前者に「朝の平和(一)、後者に(二)が掲載されている。なお、未完であり継続号に(三)以下が続載されているのではないかと思われる。興味深い作品であり、余裕ができたらぜひ調べてみたい。

〔追記「阿武隈」について:03.08〕
 確認しましたら、川名「阿武隈」は、「お婆さん」(『婦人界』明治36年5月、のち短編集『スケッチ』に「小波瀾」の題名で再録)に、「阿武隈の堤防は蜿々として涯もなく続いて、其上に松の並木があった。」と同じ表現で登場していました。
〔追記2:03.08/2015.10.24〕
 なお、「朝の平和」の叙述の一部は、先行作「曙光」」(『半面』明治35年1月)の一部をふくむと同時に、後続作「お婆さん」(上述)、「銃猟」(短編集『スケッチ』所収)の中にとり入れられています。
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by kaguragawa | 2014-03-02 23:43 | Trackback | Comments(0)