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岩波文庫に新しい「山家集」・・・   

 5月ももう残すところ1日となった。今年は、春が無く、冬からぐずぐずと夏になってしまったような気さえする。

 安部政治はもう完全な破綻である。サミットの「共有認識」なるものをでっちあげて、そこに増税延期の逃げ道をつくる不正直さ、不信の極みであり、こんな国辱的首相がかつていたものであろうか。

 なかなかの難物だったが堀田善衛が25歳のときにかいた「西行」(1943~44)は、時間をかけ自分なりにていねいに読んだ甲斐はあった。そう言えば、岩波文庫に新しい「山家集」があるのを昨日になって知り、いささかショック。

 ※『西行全歌集』久保田淳、吉野朋美校注(2013.12)
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by kaguragawa | 2016-05-30 22:35 | Trackback | Comments(0)

『産業革命』近代日本の軌跡 (8)   

 少し歴史を援用?しながら論文もどきのエッセイをようやく書き上げましたが、そのとき偶然図書館で見つけたのが『産業革命』(近代日本の軌跡 (8)/高村直助編/吉川弘文館/1994.06)。
 ちょっと古い本ながら、いろんな面で、いろんな点で教えられることが多くありました。

 上記の本とは別の話ですが、「高岡米商会所」の成立(1885.01)の背景を、どう考えたらいいのか・・・。そんなことも急がずに考えていきたい、と思っています。
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by kaguragawa | 2016-05-18 22:17 | Trackback | Comments(0)

単なるメモ   

 Mさまへ

 No.129玉垣の《(右)泉州堺 (左)□□善次郎》がそうですね。
 これを「酢屋善次郎」と読んだのは、山元さんの功績ですね。

 〔2015/06/08〕
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by kaguragawa | 2016-05-04 22:21 | Trackback | Comments(0)

「アイカメ」・・・藤井能三とデ・レイケ   

 なんとデ・レイケ(Johannis de Rijke)は、1891(明24)年、暴れ川常願寺川の治水工事に富山県に来た時、伏木港もおとずれ、藤井能三と会っていたのだ!。能三の『伏木築港論』(明治24年)に、このように登場する。

 今回富山県の水害検視として来県せし内務省雇工師和蘭人デレーケ氏の伏木港巡回を機として、右「アイカメ」の事を語り以て氏の意見を問ひしに、氏は海底の深浅及び大穴の個所等を試験したる後ち、未だ充分な調査を遂げざれども親部川は築港上最も必要なるものなりとて特に之を賞讃し、而して右「アイカメ」と称する深淵あるが為に多少の修繕を加ふれば如何なる大艦巨舶と雖も容易に川中に入るるを心得べく、其の費用は凡そ五拾万円ほど要するの見積りなれども愈々築港せんとするには、尚ほ充分に測量調査をせざれば能はずと言へり、されば伏木港民の口碑に伝はる「アイカメ」の深淵は氏の鑑定を得て倍々信を措くに足るのみならず、之が為めに如何なる蒸気船も容易に川中に入るを得べしと言うに至りては余は之を天与の地形と謂うも不可なかるべしと信ず。

追記:
 藤井能三とデ・レーケが「あいがめ」を話題に話し合ったとき、そこに同席していたのは誰なのだろう。そもそもデ・レイケを伏木に誘い、この出会いをセッティングしたのは誰なのか・・・。

追記:2016.05.02
 常願寺川砂防事業に詳しいMさんからご教示によると、デ・レイケに随行していた高田雪太郎の日記に、デ・レイケの藤井能三訪問のことが書かれているそうです。埋もれている資料に、大事なことが書かれているようです。詳細はあらためて報告します。
「歴史は忘れられた端役として存するのではない。人が思い出してくれさえすれば声を発するであろう」とは、伏木生まれの堀田善衞のことば。


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by kaguragawa | 2016-05-01 16:10 | Trackback | Comments(3)