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ある日の《記事ランキング》   

 今日(3月22日)の《記事ランキング》は、次の10の記事となっている。なにか私の雑多な「追いかけ」の範囲を反映していておもしろく思ったので、ちょっとその掲載日時なども調べてみた。
 たとえば、富山の自由民権運動に関わった重松覚平の記事などどういう方々が、読まれたものなのか。。。

 1 .〔かきやま〕と〔かきもち〕 2010年 01月 19日
 2. 本位田準一さんのことですが・・・ 2012年 07月 23日
 3 .《えっ、「三島豆」の!?》 2013年 01月 13日
 4 .ふるさと文学を語るシシンポジウム 2013年 03月 03日
 5 .炎天下に「重松君之碑之碑」を訪れる 2012年 08月 21日
 6 .江尻豊治と服部龍太郎  2013年 09月 01日
 7 .広中俊雄さんのこと  2014年02月 28日
 8 .たまきを巡る一枚の写枚の写真(3) 2010年 06月 27日
 9 .安田善次郎の生家跡を生家跡を訪ねて 2010年 11月 22日
 10. メモ:西片町そして久徴館 2011年 11月 22日
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by kaguragawa | 2014-03-22 22:17 | Trackback | Comments(0)

[琴月22-26歳]   

 高岡生まれの作曲家・室崎琴月の東京音楽学校時代を掘り起こす論考の発表がweb上で始まった。

 ブログ『琴月と冷光の時代』第6章「和洋楽と唱歌作曲[琴月22-26歳] 」である。

 著者Rさんが「調べても調べても深い謎に満ちている」というこの琴月の青年時代が、どのように明かにされていくのか・・・・。ちょうど100年前に当たるこの時代の時代相も知ることができるだろう。
 愉しみに稿を追いたいと思う。
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by kaguragawa | 2014-03-20 22:35 | Trackback | Comments(0)

3月11日の日時計   

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 夜間の雪がうっすりと残るところに、朝日があたたかに差しはじめると、
 瞬く間に雪はとけ、陽光の当たらない影の部分に雪が消え残りました。

 3月11日の「日の影」の移ろいも見せて。
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by kaguragawa | 2014-03-11 21:35 | Trackback | Comments(0)

三島霜川歿後80年   

 きょう、3月7日は三島霜川の80回目の命日である。

 ことしは、そういった節目の年でもあり、先日の3月2日、富山文学の会「第5回ふるさと文学を語るシンポジウム」の後半は、霜川に関する小企画を組んでいただいた。
 有り難いことでした。

 私の霜川跡追い紀行も、あらたな気持ちで――といっても今までどおり一歩一歩のたどたどしいものにしかなりませんが――すでに歩み始めました。

 2年後の生誕140年までに、私なりの霜川像を描ければいいなぁと思っていますが、根が怠惰な性格・・・、気負いだけは充分ですが、どうなりますことか。
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by kaguragawa | 2014-03-07 20:05 | Trackback | Comments(0)

ほたる乱れ飛ぶ「水の郷」   

 きのうの記事でふれた富山文学の会「第5回ふるさと文学を語るシンポジウム」では、三島霜川の歿後80年ということで、中山悦子さんの霜川の短編「水の郷」(明治37年)の朗読と、黒崎真美さんの「『水の郷』考」の発表がありました。以下は、すばらしい朗読を聞かせてくださった中山さんへのメッセージの形で書いた、もう一つの「水の郷」考です。

Nさんへ

 きのうはたいへん素晴らしい朗読を有り難うございました。e0178600_23572423.jpg
 私の方もいろんな準備をしながら余裕のない中で拝聴していたのですが、淡々とした情景描写からはホタルの乱舞する幻想的な世界が、そうして明確に語り分けられた老人と新一少年の対話からは霜川のメッセージが、ホタルの軌跡のように気負いなく伝わってきました。
 もし録音がうまくされているのであれば、ぜひ聞き直したいと思います。

 あの“にぎやかに、しかしなんとなく物静かに”聞こえてくるホタル狩りの唄は、霜川の作品では、蛍を呼ぶ唄から、逆転して、蛍が新一少年を魔所に呼び込むこむ役割をもたされていると、思われるのですが、そうしたことも、作品を大事にしつつ読み進められた朗読があらためて浮き彫りにしてくれたように思います。

 ※上は、螢狩りに熱中する少年が登場する徳田秋聲の「蛍のゆくえ」(明治39年)の中のさしえを、参考に掲げたもの。秋聲の作品でも、少年がながめている蛍籠のなかの蛍は翌朝には消えてしまう。 

 ところで、私が興味深く思うのは、「蛍来い、山吹来い」の「山吹」の由来よりも、

   あっちの水は苦いな、
   こっちの水は甘いな、


 の「な」です。
 この特徴的な語尾は、私の知る限りはどこのわらべ唄にもないヴァージョンで、霜川の創作では?と思われるものです。

 実はこれと同形の蛍唄は、霜川の他の作品にも出てきます。明治34年の芹谷野を舞台とした作品「笹ぶえ」です。
 機会があればぜひお読みくださればと思います。
 ここでは蛍は、魂の形象として出てくるのです。

 「笹ぶえ」は「霜川選集」にはなくて高岡市教育委員会の2巻本の「霜川作品集」の方にありますが、これは汎用本ではないので図書館でも貸出対象になっていないかも知れませんが。

 また「笹ぶえ」と「水の郷」をあわせて読むことで、霜川の生地への想いを、読みとるヒントを得ることができると考えています。
(ついでにいうと、この「笹ぶえ」の短縮・改変版が、わりと良く知られている「霊泉」です。このことがまったく指摘されないで、――「笹ぶえ」の参照が求められずに――「霊泉」が旧蹟「弓の清水」の関わりのみで語られるのも、私にはけげんな想いをさせられる点ですが、現在の霜川研究の段階ではしかたのないことかと思っています。)

 昨日の朗読と発表を思い起こしながら、ついつい、私もホタルの世界の方へ呼び込まれてしまったようです。

 では。
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by kaguragawa | 2014-03-03 23:49 | Trackback | Comments(0)

三島霜川「朝の平和」   

 ある会合(※)でYさんから三島霜川の著作目録未掲載の作品「朝の平和」のコピーをいただく。

 明治35年8月の週刊写真画報「太平洋」(博文館)に掲載されたもの。霜川の友人(という表現が妥当かどうか疑問だが)桐生悠々の縁によるものか。
 〔追記;桐生悠々はいっとき、この「太平洋」の編集長だったこともあるのだが、確認したところ、この当時は、すでに博文館を退社している。〕

 明治35年当時の霜川の、まさしく霜川の文体の、作品。「阿武隈」の地名が見えるのも興味深い。手元に今資料が無いが、「阿武隈」は、他の霜川作品にも登場する福島の地名である。

 Yさんのご厚意に心から感謝、感謝。


  ※富山文学の会「第5回ふるさと文学を語るシンポジウム」

〔追記〕
 拝受した『太平洋』は、明治35年8月4日号と同8月11日号である。前者に「朝の平和(一)、後者に(二)が掲載されている。なお、未完であり継続号に(三)以下が続載されているのではないかと思われる。興味深い作品であり、余裕ができたらぜひ調べてみたい。

〔追記「阿武隈」について:03.08〕
 確認しましたら、川名「阿武隈」は、「お婆さん」(『婦人界』明治36年5月、のち短編集『スケッチ』に「小波瀾」の題名で再録)に、「阿武隈の堤防は蜿々として涯もなく続いて、其上に松の並木があった。」と同じ表現で登場していました。
〔追記2:03.08/2015.10.24〕
 なお、「朝の平和」の叙述の一部は、先行作「曙光」」(『半面』明治35年1月)の一部をふくむと同時に、後続作「お婆さん」(上述)、「銃猟」(短編集『スケッチ』所収)の中にとり入れられています。
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by kaguragawa | 2014-03-02 23:43 | Trackback | Comments(0)