<   2012年 12月 ( 16 )   > この月の画像一覧   

よいお年を。   

 大晦日。きょうは時間が取れそうにないので、今、ひと言。

 今年一年、諸事につきご教示、ご助言いただいた多くの方に感謝します。あることで、せっぱつまったとき、あるかたがたの適切な助言によって一歩前に進めたこと、有り難く思いだします。

 皆さま、よいお年を。
[PR]

by kaguragawa | 2012-12-31 07:30 | Trackback | Comments(0)

2012/12/29   

e0178600_18145731.jpg
 射水平野からの立山連峰
 あれだけあった雪もいちどは解けてしまいました。
 
[PR]

by kaguragawa | 2012-12-29 18:09 | Trackback | Comments(0)

もういくつねるとお正月   

 偶然、8年前?に書いたものが見つかったので掲載しておきます。


♪もういくつ寝るとお正月、お正月には・・・♪

 瀧廉太郎の曲「お正月」は、お正月の歌というより、指折り数えてお正月を待つ歌です。 が、この「もう●つ寝るとお正月」というフレーズは、この曲の作詞者・東くめのオリジナルの表現でなく、当時よく使われていた言い回しかも知れない、ということに気づきました。

 きょう偶然この「もう●つ寝ると」という言い回しを、あるところで見つけたのです。
 巌谷小波(いわや・さざなみ)の童話「こがね丸」が発表された『少年文学叢書』(博文館/1891〔明24〕.1)の[凡例]中です。この凡例の末尾で小波は「庚寅の朧月。もう八ツ寝るとお正月といふ日 昔桜亭において 漣山人誌」と記してるのです。(岩波文庫『日本児童文学名作集(上)』)

 しかしこの小波の特徴的な言い回しと、「お正月」の歌いだしの部分とは、偶然の相似なのでしょうか?。

 そうとも言えない事実があります。
 巌谷小波と瀧廉太郎、東基吉・くめ夫妻は交流があったのです。
 「お正月」を含む『幼稚園唱歌』(共益商社/1901〔明34〕.07)の緒言には“作歌を、女子高等師範学校の附属幼稚園において批評掛りを担当せられるゝ東基吉氏、及び漣山人巌谷氏に、作曲を瀧廉太郎氏、鈴木毅一氏及び東クメ氏に乞ひ、歌曲の品題、歌詞の程度、曲節の趣味、音域等、凡て以上の諸先生が多年の経験を基にして製作せられたるものを集め、ここに新に此の書を編したり、(以下略)”とあります。

 となると、やはり♪ もういくつ寝るとお正月 ♪の出処は、巌谷小波かと思うのですが、どうでしょう?。

 なお、小波はライプツィッヒに留学した廉太郎とベルリンで再会しています。
 小波は、ベルリン大学東洋語学校に日本語の講師として先立って赴任していたのです。

〔追記〕
岩波文庫『日本児童文学名作集』は、なかなかユニークな選集です。一度手にとってみられることをお勧めします。
[PR]

by kaguragawa | 2012-12-29 06:21 | Trackback | Comments(0)

今年も残すところあとわずか・・・   

 今年も残すところあとわずか・・・などという決まり文句も聞かれる時節になったが、まったく実感が無い。
 12月31日を一つの区切りというか、ゴールとすれば、そこまでしなければならないこと、しておきたいことが、公私にわたっていくつもある。わたしにとっての「公」は、霜川の事績追跡であり、「私」は、生活費を得ている勤務先のしごとである。なお、私個人に関わることは「プライヴェイト」である。もちろん、「プライヴェイト」に負わされたものも多いのだが。(以上の変な?ことばの使い分けについては、いずれ書く機会があるかもしれない。)

 以上、とつぜん、とんでもないことを書き始めたにはそれなりの理由(動機)があるのですが、それはともかく、あと年内ほとんどこのブログに書き込みができそうもないことへの予告と言い訳であるとご理解ください。
[PR]

by kaguragawa | 2012-12-27 21:06 | Trackback | Comments(0)

あるクリスマスの写真   

e0178600_20462447.jpg

[PR]

by kaguragawa | 2012-12-25 23:44 | Trackback | Comments(0)

 《御満座荒れ》の「御満座」とは・・・   

 《御満座荒れ》の「御満座」とは何なのですか?――との問いに、“暦的観点に限って”お答えしておきたいと思います。(浄土真宗の教義に関わる部分については、「満座」の意味よりも「報恩講」の意味の方が大切でしょうし、そうなれば言うまでもなく私の手には負えないからです。)


 「御満座荒れ」の“満座”とは、浄土真宗の本山で親鸞聖人の命日を控えて一週間にわたっておこなわれる「報恩講」の最終日(満願日/満座日)のことである。報恩講の頃にやってくる冬の荒天のことをそれにちなんで「御満座荒れ」と呼ぶようになったのである。
 親鸞聖人は、《弘長二年十一月二十八日》に亡くなっておられるので、浄土真宗の大谷派(お東)では、旧暦時代のその日をそのまま、つまり11月28日を命日として年忌法要をおこなう一方、本願寺派(お西)では旧暦のその日をグレゴリオ暦に換算した《1263年1月16日》の1月16日を命日として年忌法要をおこなう。
 (余計な話だが、「弘長二年十一月二十八日」を〔1262年〕としているものが多い。が、これは誤りである。弘長二年はほとんどが1262年と重なるが、十一月二十八日はグレゴリオ暦では、年をまたいで〔1263年1月〕となる。)

 「鰤起こし」と同義で使われる初冬の「御満座荒れ」は、大谷派の報恩講の最終日(満座日)とその前夜(お逮夜)辺り――11月27日、28日――が「御満座荒れ」あたることになる。その一方で、本願寺派の報恩講の最終日(満座日)とその前夜(お逮夜)辺り――1月15日、16日――の荒天も「御満座荒れ」と呼ばれる。こちらの方は冬の真っ盛りである。
 なお、11月28日も、1月15日もデータ的には荒天の「特異日」だそうである。
[PR]

by kaguragawa | 2012-12-25 23:01 | Trackback | Comments(0)

第二寒波   

 北陸は、福井、金沢と新潟はまた大雪である。間にはさまれた富山県では、呉東(県東部)は平野で20センチほど、が呉西(県西部)の平野部はまったく雪が無い状態である。

 先日から、「御満座荒れ」、「針歳暮荒れ」という地縁語ともいえるユニークな気象語を紹介してきたが、「クリスマス寒波」ということばもあって、これがあてはまる天候となったわけだ。偶然の範囲なのか、「特異日」といえる数値的特徴のあるものなのかもわからぬが、この「クリスマス寒波」という語が――「寒波」が“cold wave”の直訳だろうとは思いますが――、和製語なのか輸入語なのかもわからぬ。宗教的な語を背負っているが、同様な「御満座荒れ」(「報恩講」――親鸞の命日――にちなむ)とはちがい、民俗的なにおいはついてない(と私には思える)。

 某喫茶店も休みだったが、学研の『夢二美術館』を閲覧しようと図書館に寄るも、ここも休館日。


 帰宅後、夕方のニュースで耳にしたことばに「じんだはん」ということばがあった。何十年振りかに聞いた〔富山弁〕である。この言葉が富山県警本部長の口から出たのだ。県民に「じんだはん」(=《巡査はん》)として長年親しまれてきた警察官の信頼が失われたことへの悔恨から出たことばである。「悪いことしたら、〔じんだはん〕に連れていかれる」と戒めの言葉として、子供のころよく聞かされたものである。が、悪ガキの私ら(「おらっちゃ」という)は、「じんだらはん」と呼んだ。子供とは言え、「警察官」という権力の微妙な関係性を、親しみの語だけでは受けとめられなかった故に、富山弁の蔑称「だら」を、あいだに挟み込んだわけだ。一方で、交番に夫婦者で住んでいる警察官がいて、10円玉を拾ったといって届けて「鉛筆」をもらった。
 知人夫婦を殺害し証拠隠滅のため放火したという容疑者警部補は、「じんだはん」の語を知る私と同世代である。二人の生命と引き換えに守らなければならぬものは何だったのか。
 雪の降りしきる中、容疑者警察官の自宅の家宅捜索がおこなわれている映像は寒々しい。被害者夫婦と親交があったとして初期の捜査段階で参考人としてこの警察官から事情を聞きながらも、アリバイを確認していなかったというのも寒くなる話だ。

 クリスマス・イヴは、第二寒波の宵となった。
[PR]

by kaguragawa | 2012-12-24 17:41 | Trackback | Comments(0)

「どんたく図案社」の雑誌『図案と印刷』   

 竹久夢二の「どんたく図案社」については、知りたいことがたくさんあるのですが、本気に調べることもなく過ごしてきました。が、今日、思いもよらずある情報にであった。『図案と印刷』という「どんたく図案社」で発行する予定だった月刊誌のことである。
 
 「どんたく図案社」の同人は、夢二に加え中沢偉吉、久本信男、恩地孝四郎。顧問に、岡田三郎助、藤島武二。文案顧問に、久米正雄、田中純、吉井勇という陣容で、1923(大12)年5月にスタートし、帝国ホテルで発会式をひらく。いざ、船出!というときに9月1日の大地震となるのだ。で、この『図案と印刷』という雑誌も、本所にあった印刷所が壊滅し、発行されないまま灰燼に帰したと読んだ記憶がある。

 今日、金沢湯涌夢二館の企画展「デザインの先駆者・夢二」で目にしたのは、この雑誌『図案と印刷』そのものではない。この雑誌の広告である。『純正詩社雑誌』第2巻第1号の巻末に、『図案と印刷』六月号の広告が出ていたのである。今になって、その誌面を全部メモしてくればよかったと悔やむのだが、巻頭言を夢二が書いていて、上に書いた同人や顧問も(中沢偉吉、恩地孝四郎、久米正雄、吉井勇の名前は確かにあった)寄稿しているのだ。私が、寄稿者の名前とそれらの人々の記事タイトルもすべてメモすることにまで気がまわらなかったのは、寄稿者名のなかに[織田一磨]と[水島爾保布]の名前をみて、エッと驚いて(大袈裟にいうと)うろたえてしまったからなのです。
(追記:記憶が確かではありませんが、寄稿者に田中恭吉、森口多里の名もあったと思います。)

 なににもまして、この『図案と印刷』六月号――これが創刊号なのかどうかも不明ですが――の明細が記されたこの広告は、もしこの『図案と印刷』が発行されないままに終わったのであれば、とても貴重な資料になると思うのです。

 充分なメモ取りをしてこなかったことに加え、『純正詩社雑誌』第2巻第1号の発行年月日も大正12年という以上にわからないのが残念なのですが、私には、どんたく図案社の共同企画者?であった金谷万寿二の“金谷印刷所”が本所緑町の「三丁目」にあったということがわかっただけでも大きな収穫なのですが・・・。

 (上記の『純正詩社雑誌』が、「第2巻第1号」であることは、企画展の出品リストの記載による。)

〔追記〕
 榎本了壱さんの「幻の「どんたく図案社」」という論考が、『夢二美術館(4)』(学研/1988.5)に載っているようだ。
[PR]

by kaguragawa | 2012-12-22 19:39 | Trackback | Comments(0)

きのう、きょう、のこと   

 “えくす・ねぎ”さんのブログ《表現急行》によると、梨木香歩『きみにならびて野にたてば』(角川書店の雑誌『本の旅人』に連載)のたいせつなモティーフに菅原千恵子さんの『宮沢賢治の青春』がなっているとのこと。今改めて調べてみると菅原さんのこの本が出版されたのは、1997(平9)年11月25日。15年前のことだ。
 とすると、著者・菅原さんのやわらかで堅牢な感性にこころ動かされ、お会いしたのは時節的には刊行直後のことだから、15年前の今頃になるのだろうか。

 ・・・と書きながら、横ではテレヴィの開票速報が、消極選挙、消去法選挙となった衆議院議員選挙の全国的な民主党の敗退を報じている。小泉進次郎氏の“自民党に追い風はなかった、無風だった”との言が、状況をうまく伝えている。とすれば、選ばれざる政党が数を得て大きな力をもつ。民主主義を忌避した国民が負う“つけ”は、これからこそ大きくなる。


 昨日の“講演とシンポジウム「小泉八雲の新しい地平”〔富山大学人文学部主催〕 は、つごうで、平川祐弘氏の講演「グロバリゼーションと表裏をなすクレオリゼーション」しか聴けなかったが、自分なりにハーンを読む営みは続けていきたいと思う。

 今あらためて、富山の地から賢治を、ハーンを、発信してこられたお二人の先達――賢治の菅原智恵子さん、ハーンの高成玲子さん――の遺された跡を想っています。
[PR]

by kaguragawa | 2012-12-16 21:01 | Trackback | Comments(0)

12月8日のこと、12月10日のこと   

 美しいものに心を動かされる柔らかな感性どころか、恥を知り顔を赤らめるという感性も失ってしまったこの頃である。
 が、きのうはさすがに我ながらはずかしい思いをした。

 一昨日、書いた本人がすっかり忘れてしまっていた項を検索で探し出して、このブログを訪れてくださった方が少なからずおられたのだ。が、うれしさは、――その項を自分で目をとおしてみて――恥ずかしさに変わった。
 一つは、71年前の12月8日に詠まれた南原繁の歌にふれた《南原繁「歌集形相」から 》。
 もう一つは、102年前の12月10日について書いた《大逆事件の公判開始》

 この二項、忘れてはいけないことがらというよりは、心に刻んでおかねばならぬことがらだと、来訪への感謝と共に、強く肝に銘じさせていただいた。
 《大逆事件の公判開始》に記してある26人の方の本籍地の表記に、誤りがあるのではないかということも、気づいた。これはきちんと確認して訂正したい。

 もう一度、ここに南原繁の開戦の日“十二月八日”の歌を、自分の記事から書き写して、掲載しておきたいと思います。
    

  人間の常識を超え学識を超えておこれり日本世界と戦ふ

  日米英に開戦すとのみ八日朝の電車のなかの沈痛感よ

  民族は運命共同体といふ学説身にしみてわれら諾(うべな)はむか


 ・大逆事件の公判開始
 ・南原繁「歌集形相」から
[PR]

by kaguragawa | 2012-12-12 20:56 | Trackback | Comments(0)