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ご冥福をお祈りします   

 新聞の訃報欄に“四手井綱英”、“青木やよひ”、両氏の名前を見つけてしばしさみしい思いがし、黙って文字面を見つめていました。

 両氏のことにふれて言葉を交わしたNさんI君やnet友の語らいのそれぞれも思い出しました。
 ご冥福をお祈りします。
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by kaguragawa | 2009-11-28 21:04 | メモ ひとこと | Trackback | Comments(0)

“長慶寺村橘家”   

 図書館で目にした『越中の十村』という本をぺらぺらめくっていましたら、「〔小田吉之丈著 射水郡十村土筆〕に詳説された役家名」という記述があり、そこに“長慶寺村橘家”の文字を見つけました。

 「十村(とむら)役」というのは、一般的にいえば他藩の「大庄屋」とほぼ大きな格式をもった――10ケ村前後の村をたばねる、というのが語源――名家ですが、加賀前田藩に特有の制度で独自の行政上の役割も担っています。
 こうしたことも私の理解の及ぶ限りでふれながら、かつての射水郡長慶寺村(現:高岡市)の橘家から北海道に渡った明治時代の若者が北海道で築いた“橘さん一家”とりわけ「橘智恵子さん」についていずれ報告したいと思います。
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by kaguragawa | 2009-11-28 17:08 | メモ ひとこと | Trackback | Comments(0)

NHK版『坂の上の雲』   

 毎日のように『坂の上の雲』の“番宣”――特定の番組の視聴率・聴取率を上げるために行う宣伝、広告活動(wikipedia)。番組宣伝の略――が、HNKでこれでもかこれでもかと、流れている。
 「いかがなものか・・・」、と言うと批判がましいが、NHKの熱の入れようもわからないでもない。この時代をもっと私も知りたいし、多くの人に今を振り返るかてを、良くも悪くも、与えてくれるだろうとは思います。

 番組もさることながら、久石譲さんのテーマ曲。いいなぁ。
 もうサウンドトラックが出てるんですね。
 http://www.emimusic.jp/st/compi/sakanoue/
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by kaguragawa | 2009-11-27 21:08 | メモ ひとこと | Trackback | Comments(0)

金沢街歩き――浅野川東山~尾張町界隈   

 徳田秋声記念館、「生誕130年記念小寺菊子展――秋聲と北陸の作家たち2」。いつもながら企画展示の充実ぶりは文学記念館の中でも群を抜いています。今回は、菊子の研究家・金子幸代さんの熱い思いが伝わってくるものでした。

 久しぶりに「あうん堂」さんへ。なんと復刻本ながら大須賀乙字編『碧梧桐句集』(大正5)があり、さっそく購入。泉鏡花記念館で「番町の家――慶應義塾図書館所蔵泉鏡花遺品展」が開催されているのを知るも、さすがに秋声と鏡花を同じ日にという気にはならずに、パス。・・・のつもりが、見逃した先回企画の「下新町物語」が一部展示されていると知り、立ち寄り。「下新町」や「久保市乙剣神社」についての多くの疑問が解けました。この点は、できれば後日報告。

 金沢駅内の百番街に古書店(古書展?)。『尾張町界隈の老舗と名所の由来』購入。鏡花記念館の「下新町物語」とあいまって尾張町、上・下新町から橋場町にかけての浅野川西地区にも興味が湧いてきました。尾張町といえば古本老舗「南陽堂」、なんとこの南陽堂のルーツは富山の総曲輪にあったとは。また『尾張町界隈の老舗と名所の由来』の「金城樓」項と、立ち読みした『北陸の俳壇史』の記載をあわせると、碧梧桐が明治30年5月に金沢に来た際、同郷の竹村秋竹を塩川町に訪ねただけでなく(ともに20代半ばの青年)、橋場町の金城樓で北聲会の句会を開いたということになるようです。なぜか今日は浅野川界隈に縁のある日でした。

 大事な報告が落ちていました。なんと11月1日に、――住居表示法の施行で1970(昭和45)年6月に消えてしまった――《下新町》の町名が復活していたのです。よって泉鏡花記念館は「金沢市尾張町2丁目12−7」から「金沢市下新町2-3」に!。
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by kaguragawa | 2009-11-24 00:48 | 街歩き/たてもの | Trackback | Comments(0)

野口冨士男さんの命日   

 野口冨士男さんの命日。久しぶりに、『徳田聲声の文學』のページを繰りました。

  “秋聲の作風は極力「説く」ことを避けて「描く」ことを心がけているために、彼の作品を一応読みなれているはずの私のような者ですら、ともすれば細部や意のあるところを読み落としたり、読み誤ったりしかねない。(中略)低すぎるからといって、その音を聴きもらしてはならない。”(『徳田聲声の文學』)
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by kaguragawa | 2009-11-22 23:57 | 明治大正文学 | Trackback | Comments(0)

『河東碧梧桐全集』    

 碧梧桐の作品がどのように読めるのかと思い検索したらば、8年前に刊行を始めたもともと全14巻の全集が、20巻に拡大し、今刊行中であることがわかりました。とても個人で買えるものではありませんが、富山県立図書館にはあるようです。リストを参考までに掲載しておきます。

『河東碧梧桐全集』 全20巻(予定)の内、現在まで18巻が刊行済み。 
 
 第1巻 作品集1 自由律・短詩時代
 第2巻 作品集2 新傾向俳句時代
 第3巻 作品集3 発句・新俳句時代
 第4巻 評論集1 俳句評釈 他
 第5巻 評論集2 俳句初歩・蚊帳釣草 他
 第6巻 評論集3 新傾向俳句の研究・「日本及日本人」起草 他
 第7巻 評論集4 短詩への道 他
 第8巻 評論集5 感動の律動的内容と前人の創作 他
 第9巻 評論集6 蕪村とは誰か 他
 第10巻 山岳行集・日本アルプス縦断記 他
 第11巻 回顧録・子規を語る 他
 第12巻 虚桐菴日記 他
 第13巻 日本 短詩探究の生涯 河東碧梧桐伝
 第14巻 小説・随想集
 第15巻 三千里(一日一信)
 第16巻 続三千里(続一日一信・前編)
 第17巻 続三千里(続一日一信・後編)
 第18巻 欧州紀行篇 他

短詩人連盟 発行 蒼天社 発売
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by kaguragawa | 2009-11-22 19:15 | 明治大正文学 | Trackback | Comments(0)

河東碧梧桐!?   

 河東碧梧桐をgoogleで検索していたらば2年前に自分の書いたものを見つけていささか驚きました。renqingさんのブログ「本に溺れたい」に書かせていただいたコメントです。このころ、子規と漱石の往復書簡を読んでいた記憶があるのですが、碧梧桐のことは、最近、興味を持ちだしたばかり(と思っていた)のですが、不思議です。そのまま写しておきます。
 http://renqing.cocolog-nifty.com/bookjunkie/2007/06/post_e111.html

 “碧梧桐は河東静渓の五男ですが、――正岡常規(子規)は松山中学に入学した年からこの静渓に漢学を学んでいます――三男の鍛(竹村鍛の名で私の今読んでいる子規『筆まかせ』に頻出)や四男の銓も子規の友人ですね。愉快なのは、子規が明治22年7月に松山に帰省した折に、6歳年下の碧梧桐にキャッチボールを教えてまず野球の弟子(子分?)にしてしまっていることです。
 (この年の年初から漱石との交遊始まり、5月には喀血して時鳥の句を作り子規と号すようになっていますから、この年は「子規」誕生の記念すべき年です。)

 碧梧桐が訪れた高岡と当時の高岡の俳壇事情については、いずれまた。”
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by kaguragawa | 2009-11-21 23:39 | 明治大正文学 | Trackback | Comments(0)

日経PLUS1の「氷見(ひみ)」   

 日経PLUS1(土曜朝刊付録?)の「何でもランキング」の“冬こそ食べに行きたい漁師町”の1位に《氷見(富山県)》が選ばれている。

 「目の前に広がる富山湾は天然のいけすとも言われるほど魚が豊富だが、冬の一押しは「寒ブリ」だ。北海道沖から南下してくる12月から2月末が旬・・・」
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by kaguragawa | 2009-11-21 23:25 | メモ ひとこと | Trackback | Comments(2)

秋声忌   

 秋声忌。

 しぐれ降る寒き日や秋声忌
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by kaguragawa | 2009-11-18 00:20 | メモ ひとこと | Trackback | Comments(0)

岩淵喜代子『評伝 頂上の石鼎』   

 読書人を自認する人にぜひ一読をお勧めしたいのが岩淵喜代子さんの著書『評伝 頂上の石鼎』(深夜叢書社)。今では忘れ去られた感のある原石鼎(はら・せきてい)という俳人を多角的に追った破格の評伝である。「忘れ去られた」というのは失礼な物言いかもしれないが、俳句に親しんだことのない人には名前は聞いたことがあっても代表的な句さえ思い浮かんでこないのではなかろうか。それゆえに、よほど大きな書店でないと書棚に並んでないだろうし、ましてそれが俳句コーナーに並んでいるとすれば一般の人には手にとられることさえないのではないのではなかろうか。
 が、石鼎のことをほとんど知らなくてもいい。石鼎の句一つ知らなくても挿し障りはない。私自身がそうだったのであるからこそ、読書の醍醐味を知っている人にぜひ読んでいただきたいのである。筆者の石鼎を語る語り口に魅せられ、石鼎その人にいつか会ったことのあるような気にさえなってくるのである。

 この本に触発されて求めた石鼎夫人・原コウ子さんの書かれた『石鼎とともに』(明治書院/1979.12)を読み、あらためてこの『評伝 頂上の石鼎』を再読しつつ、ようやくこの本の魅力のよってくるところが奈辺にあるか少しわかってきた気がするのですが、そうしたことも石鼎の作品を紹介しつつ、また岩淵さんにならって石鼎の跡をちょっと追いながら、おいおい書いていきたいと思っています。
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by kaguragawa | 2009-11-14 23:47 | 本/映画 | Trackback | Comments(0)