カテゴリ:いただくもの( 4 )   

金沢で高岡に出逢う   

 初夏らしい気持のいい一日。金沢へ。
 兼六園への上り口の紺屋坂――兼六園の正面入り口左側の土産物店が並んでいる坂です――の「ホテル兼六」のお食事処〔味まっし喜まっし〕のメニューに「大仏コロッケカレー」があるのを見つけ、さっそく試食?。金沢で高岡の自慢の味を食べることになりました。
 「フードピア金沢」で“大仏コロッケカレー”(特大の高岡コロッケをトッピング?したカレー)が出品されてなんとか賞を受けたとかで、金沢でも食べられるのですね(メモをとらなかったのを後悔)。
 ほかほかの大仏コロッケのボリュームと味に大満足。“とてもおいしく”いただきました。

 ところで、兼六園入り口の「紺屋坂」。この昼食時の出会いがこの日の一回目。なんとこのあと2度、別の場所、別の個所で「紺屋坂」の文字を見ることになります。
 報告は後日。
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by kaguragawa | 2010-05-15 23:20 | いただくもの | Trackback | Comments(0)

富山の東新地辺りで薬膳を楽しむ   

 きょうは名古屋に転勤することになった友人の送別会を、なんと富山市東町の老舗料亭で!、おこなうことになり、私は地鉄(富山地方鉄道)の上滝線に初めて乗り不二越駅で降り、ゆっくり歩いてお店に向かいました。東町というと村田家など多くの料亭のある歴史的な一角であることに思いをはせて、早めに勤務先を出てその界隈を少し歩いてみようと思ったのです。夕闇がすこし迫ってきている時刻でしたが、久しぶりに晴れ上がった今日は、立山連峰が東にきれいに浮かびあがったように見渡せる、ぶらぶら街歩きには最適なひと時でした。
 幹事役のN君がここの女将と同級生?とかで、ここが選ばれたのですが、敷地に一歩踏み入れたときからちょっとした異空間で、お座敷に通されるといい庭が見える部屋で、薬膳料理と魚津のお酒・北洋を堪能したのです。

 この東新地と呼ばれた富山市東町の一帯は久世光彦のエッセイなどでも描かれていたような記憶があるのですが、久世がここに遊んだ戦後のひと頃、かしまし娘の正司歌江が芸妓としてこの町にいたはずだとも思うのですが、そんなことも思い浮かべながら、於保多神社、奥田用水、東新地の一帯はあらためて歩いて見たいと思っています。
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by kaguragawa | 2010-03-19 23:58 | いただくもの | Trackback | Comments(0)

〔かきやま〕と〔かきもち〕   

 ある集まりの場で、「かきもち」と「かきやま」の違いが話題になった――。というより、地元出身者ではない講師の方がある小説中の「かきもち」について“北陸では、〔かきやま〕というんですね。”とコメントしたところ、“いやいや先生、〔かきもち〕と〔かきやま〕とは別のものですよ!”と異論が出たのだ。

 「かきもち」と対で話題にされる「かきやま」について、“それいったい何?”とけげんな顔をされるされる方もあることでしょう。(綿密に調査したわけではないのですが、前田藩下の石川・富山限定の地域語のようです。)そもそも“「かきもち」って何?”、とおっしゃる若い?方もおられることでありましょう。

 こうした問いに対して私なりの答えというか説明を用意はしたのですが、ちょっとまわりくどい話になるようなので割愛することにしました。(というのも、家に帰っておやつに食べようとした「かきやま」。その商品の袋には「かきもち」と書いてあって、説明の一筋縄でいかないことを納得?したからなのです。)

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 私には、「かきもち」よりも、「こりもち」という名の方が、天井から吊るしたいろとりどりの切りもちのイメージが浮かんでなつかしいのですが・・・。なんといっても私は豆のはいった「こりもち」が好きでした。


〔追記/2012.6.11〕
このページへのアクセスが多いようなので、少し補記しておきます。

1)
「かきもち」(その音便形の「かいもち」)が、語源的に「欠き餅」「掻き餅」「柿餅」の3つの系譜があることについては、下記のページをご覧ください。ここで話題にしているのは、「欠き餅」に由来する「かきもち」です。
http://www.mars.dti.ne.jp/~seizo/page1.html
(2)
「おかき」「あられ」については、ウィキペディアの「おかき」項が要領よくまとめられています。以下にコピーしておきます。

おかき(御欠)は、餅米を原料とした菓子。欠餅(かきもち)とも。
・概要
餅を小さく切り(欠き)、乾燥させたものを表面がきつね色になるまで炙った米菓子。
小粒なものをあられと呼ぶが、本来はもち米をそのまま炒ったものをあられ、なまこ餅(ナマコに似た形状に成形された餅)を切って干し、焼いたもの(かき餅)をおかきと呼んでいた。しかし現在では同じ餅を原料とした焼き菓子を大きさで区別しているに過ぎない。
なお、これらの区分はJAS規格などに定められたものではなく、おおよその大きさで呼び方を変えている(いずれも米菓として区分)だけで明確な基準は無い。
焼く代わりに油で揚げたものを、揚げおかき(揚げあられ)と呼ぶ(歌舞伎揚やぼんち揚などが有名)。

(3)
「かきもち」「こりもち」「かきやま」「おかき」「あられ」などの幾つものことばのニュアンスの違いと実際の用例の違いを、とりわけ富山の方言と言われる「かきやま」を中心にまとめたいと思っていますが・・・。後日


 立山の柿山の味 鮴の味     虚子
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by kaguragawa | 2010-01-19 00:10 | いただくもの | Trackback | Comments(5)

ことしも“福うめ”と“梅鉢紋”   

 ことしも“福梅”をおいしくいただきました。昨年、このお正月の和菓子“福梅”について書いたところ、なぜかこの日だけアクセス数がとても多かったことを思い出しました。

 昨年1月4日の「“福梅”--金沢・高岡」は、こちらです。 
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 上にリンクした記事から自分の覚えのために、「ウメバチソウ(梅鉢草)」の名のもとにもなっている前田藩の「梅鉢紋」についての拙メモを再々録しておきます。

 “菅原道真を祭神とする天満宮系の神社の「梅紋」――基本的に5弁が接している。本家本元の太宰府天満宮は「梅鉢紋」ではなく「梅紋」――も様々なヴァリエーションがあります。その中の「梅鉢紋(剣梅鉢)」は、むしろ加賀前田家が菅原道真を祖とするという伝承をオーソライズしたことによって、自家の紋を広く世に定着させたものと言われています。
 前田藩でも、本家加賀前田と支藩の富山前田家・大聖寺前田家では真ん中の部分が違います(「加賀梅鉢」「富山梅鉢」「大聖寺梅鉢」。さらに時代によっても細かなヴァリアンテがあります)。

 実は「梅鉢」の「鉢」とは何だろうと長い間疑問だったのですが、これは「鉢」ではなく「撥」(三味線などのバチ)を花蕊にかたどったことによって、その形も名前も生まれたもののようです。”
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by kaguragawa | 2010-01-03 16:41 | いただくもの | Trackback | Comments(0)