カテゴリ:メモ ひとこと( 38 )   

夏の、恒例の。   

 きのうはお盆に先だってお墓の掃除、きょうは町内の納涼祭。ともに夏の恒例行事。
 予定していた金沢行きは諸般の事情でやむなく取りやめ。

 二上山ふもとの寺には聞いたことのない鳥の声が幾種も。ふと俗世を抜け出た気分に。
[PR]

by kaguragawa | 2011-08-07 21:56 | メモ ひとこと | Trackback | Comments(0)

終わろうとする7月に   

 気がついたら一か月が過ぎていました。多忙にもかかわらず空疎(多忙ゆえに空疎な)なひと月が目の前を横切って行ったという感じがしています。
 個人的見解を「記者会見」を開いてまで開陳するという“距離感”の欠如した総理大臣をもつ以上、人災の根は腐臭をはなって広がるだけ。

 そうした7月でしたが、このブログには書いてありませんが、7月2日に岸(竹久)他万喜――竹久夢二の最初の妻・たまき――の墓を富山市の真国寺(長岡墓地)に探し、たまきの命日の7月9日に、あらためて墓参ができたことはうれしいことでした。

〔小報告〕 
 三島霜川と野口雨情の交流はいつから始まり、どのようなものであったか・・・。ずっと気になっていたのですが手がかりが無いと思っていたのですが、きのう、ヒントを水守亀之助の書いたもののなかに見つけました。
 仮説ですが、霜川と雨情の出逢いは、1907(明40)年の春ではないかと考えるにいたっています。
[PR]

by kaguragawa | 2011-07-29 23:37 | メモ ひとこと | Trackback | Comments(0)

「100年前の今日」   

 まとまったものを書く時間がなくて、断片的な独り言ばかりになっています。
 たとえば、犀星の初上京のようすを、犀星自身の自伝的作品からいろんなヴァージョンで紹介しようと思って、5月5日の「100年前の今日、犀星、東京へ」を(1) と番号付けしたのですが、余裕がなくて(2)以降を書けないままになっています。
 そうこうするうちに、「100年前の今日」は大逆事件発端の5月25日に近づいています。
[PR]

by kaguragawa | 2010-05-20 23:05 | メモ ひとこと | Trackback | Comments(0)

たとえば、尋常小学校の修業年月   

 明治、大正期の詩人の足跡を追っかけている者にとって、明治維新以後の教育制度(広義の学制)の、しかもその変遷の、基本的な知識は不可欠である。が、これがなかなかにくせものである。
 そんなグチめいた実例をいくつかまとめてみたいと思っていますが。。。。
[PR]

by kaguragawa | 2010-05-19 23:00 | メモ ひとこと | Trackback | Comments(2)

Word2007の初心者   

 時間的には大した仕事ではなかったのですが、気持ちのうえでなかなか取りかかれなかったその仕事を終え、F先生に提出。
 ただ自宅のパソコンに入っているのは使ったことのない「Word2007」。文字の入力は終えたものの、指定された1行の文字数や行数の設定をどうやったらいいのかがわからず、しばし混迷。〔Word2007+ 文字数〕で検索して、方法をみつけ、解決。

 私のような者には多様な機能よりも、使い方の簡素なものの方がいい・・・。
[PR]

by kaguragawa | 2010-05-18 23:36 | メモ ひとこと | Trackback | Comments(0)

5月1日 上海   

 上海万博が開幕。特別の関心はないのですが、「万博」という“仕掛け”がどのように世界の歴史に関わってきたのかには興味があります。
 e0178600_23271263.jpg
 それより「上海」と聞くと、読みさしのままになっている堀田善衞さんの『上海日記――滬上天下一九四五』のことを思い出します。
 2年前に公表された堀田善衞27歳のときの日記〔1945年8月6日から46年11月まで〕です。

 最近いろんな刺激を受けながら読んだ岩波新書『日本の近現代史をど見るか』の第5章「一九三〇年代の戦争は何をめぐる闘争だったのか」(加藤陽子稿)末尾の「お薦めの五冊」の1項にも「時間」とともに「上海日記」が取り上げられています。書き写しておきます。

 堀田善衞「時間」(『堀田善衞全集』<2>(筑摩書房、一九九三年)所収
  一九二七年一二月の南京事件に至る過程を、包囲される側の中国人の眼を通して描いた小説。堀田は、国際文化振興会史料室員として太平洋戦争の敗戦を上海で迎え、対日文化工作のため中国国民党に徴用されるという稀有な経歴を持つ人物です。『堀田善衞 上海日記』(集英社、二〇〇八年)には日中戦争の特質についての注目すべき明察がなされており、こちらも併読をお勧めします。

[PR]

by kaguragawa | 2010-05-01 23:13 | メモ ひとこと | Trackback | Comments(0)

《藤子・F・不二雄記念館》   

 2時過ぎからだろうか。ちらちらと雪が舞ってきた、と思っていて気がついたら、窓外は猛吹雪、みるみる草地は真っ白である。

 藤子・F・不二雄さんを記念する《藤子・F・不二雄記念館》の具体案が、発表されたというニュースを目にしました。氏が住んだ川崎市多摩区の向ケ丘遊園地跡とのこと。原画のほか仕事場のつくえやパイプやベレー帽などの愛用品が展示されシアターやカフェなども設けられるという。
 藤本さんが亡くなられて間もなく遺族の方から、長年住み暮らした――35年ほどか――川崎市に原画などを寄贈するとの申し入れがあったようですが、市の方も財政難などでようやく具体案が示されることになったようでなのです。

 藤子・F・不二雄さん(藤本弘さん)の生地であり、藤本さんと安孫子さんが出会い「藤子不二雄」が生まれた地でもある高岡市も、藤子不二雄やドラえもんを市のシンボルとするようなことを言っていたが、下火?である。地元の人間としては、というか私個人としては、高岡の地に藤子不二雄さんを顕彰し夢をはぐくむようなミュージアムが欲しかっただけに、とてもさびしい。。。。
[PR]

by kaguragawa | 2010-03-29 23:15 | メモ ひとこと | Trackback | Comments(0)

過ぎ去ろうとする3月の   

 3月になりいくつもの種の野の花を目にするようになったのですが、しゃがみこんで花と向き合うことのない春の初月を過ごしてしまいました。

 そんな私にツバキの花がわぁっーとおいかぶさってきました。「樹花」をタイトルに謳っていながら春の桜にもなじめず、まして園芸種の花々にはほとんど心動かされない私なのです。笑われそうですが、ツバキがこの時節に咲くものだということなど思ってもみませんでした。たしかに木へんに春と書くのですから春の花です。もちろん春の季語。2月7日に石鼎の“一枝の椿を見むと故郷に”の句を紹介していたではないか、と言われるとその支離滅裂さをいっそう笑われそうなのですが、石鼎の2月の句で勝手に私が念頭に置いていたのが私の好きな「雪椿」なのです。

 いつも通勤でとおる道脇の小公園の降りかかってくる深紅のツバキが、無智と無惨にすぎた私の3月を責めるように咲いているのです。
[PR]

by kaguragawa | 2010-03-26 23:06 | メモ ひとこと | Trackback | Comments(0)

有楽町――日劇と伝書鳩の朝日新聞社   

 ニュースステーションの「加藤千洋探訪/変わりゆく有楽町」をたのしく見ました。有楽町にあった朝日新聞社と日劇、そして銀座の路地裏。なつかしい映像でした。でも、これを「ブラタモリ」の二番煎じと見た人は私だけではなかったようです。
 それはともかく、朝日新聞社の屋上にもなんと鳩が、――伝書鳩です――がいたんですね。壁がフンで汚れていたと。そう言えば最近拾い読みしている高見順の「敗戦日記」にも朝日新聞の伝書鳩が出てくる。黒岩さんの『伝書鳩 もうひとつのIT』を読もうにも残念ながら手近にない。
[PR]

by kaguragawa | 2010-03-24 23:48 | メモ ひとこと | Trackback | Comments(0)

ハナミズキの実   

 いい句を読む楽しみは私にとって楽しいひと時ですが、みずから句をつくるという楽しみはありません。それでも俳句サイトにコメントを書かさせていただいた機縁で駄句をいくつかひねったこともあるのです。

 そのなかで出来は問題外ながら句をつくったことだけはしっかり覚えている、そういう瞬間があります。おじの葬儀のあと火葬場に向かう車中から見えた秋のハナミズキの細い独特の枝ぶりと赤い実がが印象的で五七五にしたのです。しかし、句をつくったことは鮮明に覚えているのにその句そのものが思い出せなくて自分でも情けなく思っていたのですが、偶然net友かわうそ亭さんのHPの過去ログの中に見つけました。
 自分のメモとして写しておきます。


   ミズキのミ幾何放射の枝に赤く付き  かぐら川
[PR]

by kaguragawa | 2010-01-16 20:26 | メモ ひとこと | Trackback | Comments(0)