カテゴリ:未分類( 900 )   

めぐり逢うことばたち(exblog版)   

・2003年5月以来の日記版「めぐり逢うことばたち」  (web上から消滅)
・2009年6月29日までのブログ版(cocolog)「めぐり逢うことばたち」

      
  “伝記研究に際しては、いかなる調査も中途で放棄することこそ戒心すべきであろう。”
                                       野口冨士男
  “身ビイキなしに特定の古典について何がなし得るか。”
                                       堀田 善衞

 *右上の写真は、二上山(高岡市)

〔追記〕
三島霜川について旧日記上に書いた記事は、閲覧できなくなりましたが、近いうちにこのブログに移す予定です。(2011.75)

●このexblog版「めぐり逢うことばたち」上の三島霜川関連記事は、〔ここ〕です。

★かぐら川が管理人となっているブログ「夢二を歩く」は、〔ここ〕です。
★かぐら川が管理人となっているブログ「堀田善衞を読む会 」は、〔ここ〕です。
[PR]

by kaguragawa | 2017-12-31 23:55 | Trackback | Comments(17)

若き射水郡郡長赴任   

 今年は(今年も、というべきか)いろんなことで、もたもたしている。
 気がついたら、もう3月14日である。

 若き日の内務官僚・南原繁が富山県の射水郡の郡長として当地に赴任したのが100年前(1917年)の今日であった。
 翌日には、伏木港(当時は伏木港の地も射水郡であった)に足を運んでいる、と私のメモにある。伏木港は、射水郡にとってだけでなく、富山県にとっても重要な交易の拠点港であった。

 南原の在任中の射水郡の動きに目をとめてみたいと考えているし、追々、そうした報告も書き留めたいと考えています。
[PR]

by kaguragawa | 2017-03-14 23:30 | Trackback | Comments(0)

富山文学の会 第8回研究大会   

富山文学の会 第8回研究大会のお知らせ

 日時:2017年3月4日(土) 13:00 - 16:00
 場所:富山大学 人文学部2F 4番教室
 
  講演
   「「日本海詩人」のこと、千石喜久のこと」
     上田 正行氏 (徳田秋聲記念館・室生犀星記念館 館長)

  研究発表
    「横山源之助と郷土の人々」 
      黒﨑 真美
    「山内マリコ作品における〈地方〉と〈階層〉」
      小谷 瑛輔

※くわしくは「富山文学の会」HP
https://www.toyamabungakunokai.com/


[PR]

by kaguragawa | 2017-02-25 18:53 | Trackback | Comments(0)

「人間は要求する。」   

雨は降り
風は吹く
人間は要求す。

 この「人間は要求する」という三行詩は千石喜久(せんごく・きく)のもの。
 千石喜久は、1930年の今日(2月6日)、満30歳の誕生の日を待たずに腸チフスで亡くなる。

 ※千石喜久 1900.05.25~1930.02.06

 富山県水橋は幾人もの詩人、童話詩人、詩研究者を生んでいる詩にゆかりのある地だ。


[PR]

by kaguragawa | 2017-02-06 19:13 | Trackback | Comments(0)

ちょっとメモ。2017.1.23   

 ちょっとメモ。

 三島正六。池袋児童の村小学校。野村芳兵衛。梅原真隆。
 おお、野村芳兵衛文書目録のなかに正六さんの『歪められた少年期』。

 「つるべいの家族に乾杯」。あっ、杉山さんだ。数十年前にお世話になった、当時八尾町役場に居られた、杉山さん。

 「文部科学省」天下りに、目くらましの想定問答集!?。こんな図式があるんやったら、厳格な?センター試験にいのちをかけている若者の生き方なんて、無意味じゃん。お役人さん、あんたら、ええ加減にしときや。

 川面稜一さん。「続けることが勉強です」。
[PR]

by kaguragawa | 2017-01-23 23:34 | Trackback | Comments(0)

ある寒中お見舞い   

 H先生の奥様より「寒中お見舞い」、“夫が昨年三月に亡くなりまして”、と。

 H先生には、デュギーという法学者の名を教えていただいた、むろんデュギーだけではない多くのフランスの法思想家や法学者・・・。恒藤恭もそうだ。先生の師であった田畑忍も。
[PR]

by kaguragawa | 2017-01-09 19:35 | Trackback | Comments(0)

遅いごあいさつとなりました   

 明けましておめでとうございます。

 自宅のパソコンをほとんど開かなくなったため、遅いようやくのごあいさつとなりました。

 年が明けてもう10日にならんとするも、元日より「めでた、めでた」のという気持ちは遠い。

 それでも私的なニュースはいくつかある。追い追いそうしたことも書いていきたい。
[PR]

by kaguragawa | 2017-01-09 19:22 | Trackback | Comments(0)

今年驚きのできごとを二つ   

 今年の最後の日の、今、いろんなことを思い出しながら、驚きのできごとを二つどうしても書いておきたい。

 ある作品を読んでいる間、自分の「眼」が変わってしまったこと、景観を見る視覚の構造が変わってしまったこと。今から思っても不思議だ。このことの詳細は、あらためて書きたいが、その本のタイトルだけは堀田善衞『美しきもの見し人は』。
 今年は、ちょっと苦労しながら堀田善衞に関する二つの小論(エッセイ風な小論文)を書くことができ、私なりの堀田学のスタート地点をつくれたことも、私事ながらここに書いてきたい。

 もう一つの驚き。ある亡くなった人に生き写しの人に、会ってその瞬間、その驚きに息の止まるような思いをしました。駅の改札口からでてこられたその人を見た瞬間、あの写真の人が、ここにいると思ったものだ。“三島霜川のお孫さん”。晩年の霜川の写真の人が目の前にいる・・・・。
[PR]

by kaguragawa | 2016-12-31 22:56 | Trackback | Comments(0)

もちろん微力しかないが   

 「方丈記」が思いおこされる災害の状況はあってほしくない。が、糸魚川市の大火の報告をきいているとどうしても思い出さざるを得ない。文字通り“吹きまよふ風にとかく移り行くほどに、扇をひろげたるが如くすゑひろになりぬ。”なのである。
 日本の古い市街地ではどこでも起こりうる火災事故であるが、似た街をもつ北陸人として、そして糸魚川には少し思いのある私にはひとごとは思えないのです。まして「姫川沿いにフェーン・・・」と言われると、「姫川」という名前だけで、ヌナカワヒメを想い出し、心は震えるのです。

吹きまよふ風にとかく移り行くほどに、扇をひろげたるが如くすゑひろになりぬ。遠き家は煙にむせび、近きあたりはひたすらほのほを地に吹きつけたり。空には灰を吹きたてたれば、火の光に映じてあまねくくれなゐなる中に、風に堪へず吹き切られたるほのほ、飛ぶが如くにして一二町を越えつゝ移り行く。

 もちろん微力しかないが、私なりの声かけ程度のことはしたい。心を尽くしたい。
[PR]

by kaguragawa | 2016-12-23 19:45 | Trackback | Comments(0)

NHK「ファミリーヒストリー」を見るたびに・・・・   

 NHKの番組「ファミリーヒストリー」を見るたびに思うこと・・・。

 過去の人たちを掘り出すことを課題?としている私には、この番組の掘り出すものについては、「すごいなぁ!」「かなわんなぁ」と驚嘆することしきりです。
 しかし、最近ばくぜんとした疑問と言うか、不安が起こってきます。本人のご諒解を得てはいるのでしょうが、NHKならではの力(信用?)と「財力」を使ってここまで「故人」を掘り起こし、“公共の電波に乗せ”ていいものなのでしょうか。その掘り出しの経緯と、掘り出して見えてきたもののおもしさが際立っていると言っても、それはしいていえば、特定の個人のプライヴァシーに関わることです。このことについては、見るたびに深い疑問が残ります。誰もそのことについてのを疑義や不安を問題提起しないことにも疑問が残ります。

 感動的な番組に文句付けるな!、――私自身、感嘆と感激の溜息と涙をもらしつづけているのですが――とお叱りを受けそうですが、私の漠とした不安だけは、公言しつつ、私自身のわずかな過去の掘り出しについても、その意味と公表については立ちどまって考えたいと思っているのです。
[PR]

by kaguragawa | 2016-12-23 00:30 | Trackback | Comments(0)