1931:旧制中学校に「我が建国の本義と国体の尊厳」   

 これは、よほどの教育史の専門家でないと知らない事実だろう、と思う。なぜなら法史学の専門研究者でも「中学校令施行規則」の改正などというところまで目を配っていないからだ。今日、偶然見つけた「中学校令施行規則中改正(昭和六年一月十日文部省令第二号)」だ。

 中学校令の改正(→第二次中学校令)にともなって制定された「中学校令施行規則」(明治三十四年三月五日文部省令第三号)が、1931年(昭和6年)に改正されたのだが(昭和六年一月十日文部省令第二号)、そこにあらたな章が追加され、今までの「第一章 学科及其ノ程度/第二章 学年教授日数及式日/第三章 編制/第四章 設備/第五章 設置及廃止/第六章 入学、在学、退学及懲戒」は、「第二章 学科及其ノ程度~」へと順に繰り下げられた。
 あらたに冒頭に加えられたのは「第一章 生徒教養ノ要旨」である。
 第一条に「小学校教育ノ基礎ニ拠リ一層高等ノ程度ニ於テ道徳教育及国民教育ヲ施シ生活上有用ナル普通ノ知能ヲ養ヒ且体育ヲ行フヲ以テ旨トシ特ニ左ノ事項ニ留意シテ其ノ生徒ヲ教養スベシ」としたうえで、その第一号に文部官僚はこう書いたのである。

 “教育ニ関スル勅語ノ旨趣ニ基キ学校教育ノ全般ヨリ道徳教育ヲ行ハンコトヲ期シ常ニ生徒ヲ実践躬行ニ導キ殊ニ国民道徳ノ養成ニ意ヲ用ヒ我ガ建国ノ本義ト国体ノ尊厳ナル所以トヲ会得セシメ忠孝ノ大義ヲ明ニシ其ノ信念ヲ鞏固ナラシメンコトヲ期スベシ”

 「教育勅語の旨趣に基き」
 「学校教育の全般より道徳教育を行はんことを期し」
 「我が建国の本義と国体の尊厳なる所以とを会得せしめ」
 「忠孝の大義を明にし」

 もう一度繰り返すなら、これは1931年(昭和6年)1月になって、教育現場に直結した施行規則に――同年の新学期〔4月1日〕を実施日として――盛り込まれたものである。

 当時〔1930年代初頭〕の文部官僚が考えたこと、この法令改正を受けとめた教育の現場のありよう。こうしたことを、掘り出してみたいと考えている。それにしても私など、基本法令に手を触れず、こうした現場法規に「教育勅語」や「我が建国の本義」「国体の尊厳」「忠孝の大義」を持ち込む官僚の“ずるさ”を感じるのだが。
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by kaguragawa | 2016-12-02 21:50 | Trackback | Comments(0)

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