鏡花、ポストの周りを廻る   

 泉鏡花が郵便物をポストに投函した後も、ちゃんと集配されるか心配でポストの周りをなんども廻っていたという有名な?エピソードがあります。つい先日、このエピソードの典拠(典拠の一つ?)を、偶然見つけましたので、以下に、その全文をここに写しておきます。八波則吉のエッセイ「此の師、此の弟子」がそれです。
 八波の書き方からしても、鏡花がここに書かれているような話をほかの場所でもしている可能性があるので、ほかの人の伝える同様のエピソードがあるのか知れませんし、鏡花自身がどこかで書いているかもしれませんが・・・。


 明治三十六年、紅葉山人が亡くなられて間もない時のことである。門人の泉鏡花氏が故郷の金沢へ帰省された。四高生の同志が氏を迎へて、一夜茶話会を催して山人の逸話を聴いた。席上、鏡花氏が語られた談話の中で、今なほ忘れ得ないものがある。
「紅葉先生は、実に文章に苦心されるお方でした。」
 と冒頭して、
「先生は、日本紙の原稿用紙に、毛筆で綺麗に書かれるのでしたが、書き損じた時は必ず丹念に張紙されたものです。時には、張った上に又張って、三重も四重も張られている個所があります。試に、そっと剥がして見ると、同じ字句の場合もあります。全く雕心鏤骨されたものである」
 と述べられた。金色夜叉中の名文を暗誦していた青年学徒は、さもこそと感激した。
 良時あつて鏡花が又言はれた。
「で、私は、先生の原稿を投函する時は、必ず二三度、ポストの周囲を見廻したものです。若しや貴重な原稿が函の外に落ちはしなかつたからうか……」
 これを聴いた自分は、此の師にしてして此の弟子ありと感じた。


 ※「此の師、此の弟子」〔『随筆 身辺雑話』(東洋図書/1936.11)より〕

 なお、文中の「良時」には「しばらく」のルビがついています。ほかのルビは省略しました。
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by kaguragawa | 2016-11-16 22:36 | Trackback | Comments(0)

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