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霜川:いぬを描く   

 三島霜川の初期の作品(実質上の処女作)「ひとつ岩」から、主人公の孤老・治郎兵衛の愛犬・白(しろ)の姿態をいくつか紹介します。

 勢いよく、がらり雨戸を引き啓(あ)けると、白犬が一匹勢いきって外面(おもて)へ飛び出す。主人(あるじ)の姿を見て白犬は悦しさうに尾を掉(ふ)って、跳ね回って、低い声で二度三度甘えるように吠え立てた。
 老爺(おやぢ)はしゃがんで、「白か、うむ、うむ、可(え)いだ、可いだてば。」
 と、向脛へ飛蒐(かか)る白の頭を撫でて与(や)った。白と名づけられた白犬は、名の如く毛色(けなみ)の白い、光沢(つや)のある、肥(ふと)った、頭抜(づぬ)けて体格(がら)の大きな犬であった、
 白は少しく首を傾けて、不平らしく、また怨めしさうに、怩(じつ)と老爺の面(かほ)を向上(みあ)げる。
 老爺は面白さうに笑って……、突然憶い出したやうに、「ほい、失敗(しま)った。汝(われ)の土産(みやげ)買って来るのを忘れてただ。」


 音にびっくりして、白はむっくり飛起きて、伸(のび)をして、一度、不審らしく主人を瞶(みつめ)たまま、これも前足で耳の辺を掻き掻き旧(もと)の如くに突俯(つっぷし)て了(しま)ふ。


 白は老爺の膝の下(もと)で、微(かすか)な寝息を立てて眠っている。老爺は莞爾(にっこり)して、
「畜生、ははははッ、鼼(いびき)をしているだよ、仙太、こねえな畜生がよ。」と、心(こころ)から愛(いと)しさうに白の頭を撫でて与(や)って、仙太の方を振り向いた。

by kaguragawa | 2014-04-27 07:56 | Trackback | Comments(0)

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