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佐々木浩さんのご命日に(2014)   

 昨年の佐々木先生のご命日から、はや一年が経ちました。私の怠惰さゆえに霜川研究は足踏み状態で、忸怩たる思いでいます。

 先生のご研究から名前を知った「山本柳葉」という霜川の同時代人について、先日来、少しわかってきたこともありますので、――そこで思いがけず、稲岡奴之助の名にも出会いました――近いうちにこのブログでご報告させていただきたいと思っています。

 昨年のご命日に書いた次の文、文中の「昨年」は「一昨年」に直さないといけませんが、そのまま再掲させていただきたいと思います。

 《昨年、佐々木先生のご遺族の方と連絡がとれないものかと思い、大学にお聞きしましたが、そしてていねいに調べていただいたのですが、残念なことに結論は「資料がありません」という結論でした。もしなにがしか情報をお持ちの方はお知らせいただければ幸いです。》


追記;
 「小柴舟」という文芸雑誌(第4号/明治35年4月)には、霜川は「その子」、柳葉は「二人芸者」を書いている。秋聲は「無意義」、独歩は「一火夫」。どこかでこの「一火夫」は独歩の真作ではないということも読んだ記憶があるが・・・。霜川がいくつかの作品を書いている出版社の〔駸々堂〕や発行人の大淵渉についても、以前調べたメモがどこかにあるはずだが、出てこない。こうしたことも、いずれ、再報告の機会をもちたい。
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I000426283-00

by kaguragawa | 2014-02-03 22:18 | Trackback | Comments(0)

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