津田仙とふたりの越中人のこと(1)   

 このブログと旧日記に何度か津田仙のことをとりあげてきました。「津田塾大の創始者津田梅子のお父さんです。」と説明すると、ああそうですかと、わかったようなわからないような返事が返ってくるのが普通です。しかし、津田仙は津田梅子の父であると同時に、近代日本の多くの生みの親の一人であるのです。名前はあまり知られていないにしても、その事績はほとんど知られていないにしても、その役割は決して小さなものではないのではないか・・・、と考えています。
 私がそう言っても説得力はないのですが、旧日記に紹介した事蹟をあらためて整理するとともに、津田仙の顕彰を少しずつでもこのブログでもしたいと思っています。

 今日、なにげなくweb検索をしていて津田仙が創立した学農社の学校規則を、「近代デジタルライブラリー」で見つけたので、そのアドレスを紹介しておきます。
 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/812635

 ところで、津田仙と親しく交わった越中国射水郡生まれの、しかも嘉永年間と言う同時期に生を受けたふたりの越中人がいることをここに記しておきます。〔嘉永二年〕射水郡棚田村に生まれた稲垣示と、〔嘉永三年〕射水郡長慶寺村に生まれた橘甚兵衛(甚平/仁)です。
 橘甚兵衛は、津田仙の影響下で洗礼を受けた後の〔橘仁〕の名前で、このブログにも何回か名前を挙げたかと思います。彼は丹精をこめて育てたリンゴで札幌の農にも貢献しましたが、札幌独立教会の創設時のメンバーで堅い信仰の人であったこともふくめて、あらためて評価されるべき人物ではないかと思っています。
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by kaguragawa | 2012-08-28 20:37 | Trackback | Comments(3)

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Commented at 2012-08-30 09:56 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 芳野星司 at 2016-02-08 07:59 x
kaguragawa様、拙エッセイ「旅窓の夢」にコメントいただきありがとうございます。津田仙は梅子に比較し「知る人ぞ知る」存在で、少し残念です。私も「明治人物抄」で彼について書きました。http://blog.goo.ne.jp/hg2ajun8/e/84d8b5c714516e3c8b1d655a50603b40
Commented by kaguragawa at 2016-02-08 22:24
芳野さんいわく“知ったかぶりと教えたがり、知識のひけらかしは、記憶力に効き、海馬に良く、認知症予防に役立つはずである。さあ、どんどん知識をひけらかそう。”
なるほど、なるほど。私もそれに大いに習いつつ、“なんでも知りたがり”を加えていきたいと思っています。
有り難うございます。

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