織田一磨「沈黙の画室」   

 その名も作品もなんどか目にしていながら、そしてそのたびに気にはなりつつも、いままでその人の前に立ちどまったことのなかった人。織田一磨。・・・情緒あふれる街風景をえがく版画家、というほどの認識がずっと深まらずに私のなかにありました。

 あらためて立ちどまるきっかけを与えてくれたのは、先日も紹介した勝目テルさんの『未来にかけた日々――明治・大正・昭和を生きて (上)』(1961)の一節。ここに、雑司ヶ谷時代の織田一磨がちょっと登場している。

 で、少しばかりnet上を検索してみました。そこでは、織田一磨を描ききった評伝が今までに一度も書かれていないということが確認できただけで、いくつかの疑問に応えてくれる情報も得られず、がっかりしたものの『銀花』のかなり古い号〔1978/第33号〕に《石版画詩人・織田一磨の世界》という特集があることを知り、さっそく註文。
 そこに縷々と語る秦恒平氏の豊かな「織田一磨の芸術」と、一磨の作品と画室を見事な写真で紹介しユキエ夫人の追想語りを配した「沈黙の画室」がありました。 以下は「沈黙の画室」から

 “夜の風景/織田の版画には、夜の風景が多いでしょう。夜出歩くのが好きでしたからね。夏の夜などは私と娘を連れて近所をよく散歩したものですから、“ぶらつき一家”って有名でしたよ。左の絵は近所の八百屋ですけれどね、「黒い紙片に半分包まれた灯火は、外に暗く内に明るく、ために思わぬ美しさになる。警戒管制の街は、レンブラントの絵のごとく美しい」なんて、戦時中なのにずいぶんのんびりしたことを言ってましたよ。”

 “街の風流詩人/よく歩いた人でしよ。あの人は、朝ちょっと出かけてくると言って出たまま、暗くなるまで帰ってこないんですよ。銀座も好きでした。昔は夜店に古本屋が出ましてね。そこに行くのが楽しみだったようです。千疋屋へもよく行きました。織田はどこの街でも好きになってしまうんです。一緒に歩いていましても、立ち止まって動かないんですよ。「いいなあ、すばらしいなあ」って感心してしまって……。”

 “花へ寄する思い/このばらの後光がさしているようなところ、これはずいぶん骨を折っていました。不思議な光ですね。花が好きでしてね。吉祥寺に来てからはもっぱら山の草花を庭に植えて、かたくりや一輪草なんかをね。どくだみの花も、織田が好きだったものですから、私、よくここに活けておくんですけど……。”
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by kaguragawa | 2011-11-26 20:05 | Trackback(1) | Comments(0)

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