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100年前の秋水とルソーを思う秋   

 土日の東京行の報告をしないといけないのですが、いろんなことを選り分けてからにしたいと思います。

 とりあえず、きのうの朝書いた手書きのメモを写しておきます。

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 今から101年前、“大逆事件”の主犯として幸徳秋水が警吏の手に落ちる直前まで暮らしていたのが、新宿駅西、玉川上水にかかる葵橋の南詰めにあった「千駄ヶ谷平民社」。

100年前の秋水とルソーを思う秋_e0178600_094512.jpg そして私は、今、現在の西新宿1丁目交差点南の「千駄ヶ谷平民社」跡を対面から見おろす場所にあるファストフード店の3階で、ゆっくり朝のコーヒーを飲んでいます。


 秋水は、ここをねぐらとして、何を考えていたのか・・・。

 今、秋水の生地、四万十市の中央公民館で「幸徳秋水展―伝次郎から秋水へ」展が行なわれているという。来年はルソー生誕300年。今から100年前の明治時代、秋水が獄吏によって命を絶たれなければ中江兆民の弟子として秋水が、ルソー生誕200年を企画し、秋水なりにルソーの人民主権の思想を絶対天皇制のもとで鼓吹したことだろう。だがそれもかなわなかった。

 秋水は、ここで、何を考えていたのか・・・。

by kaguragawa | 2011-09-19 00:49 | Trackback | Comments(0)

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