たまきを巡る一枚の写真(3)   

 「たまきを巡る一枚の写真(1)」で、写真館で撮られた他万喜親子の写真をめぐって――たまきが幼い二人の子供を富山に残し兄・他丑をたよって上京した1906(明39)年に撮られたもので、形見分けの意味をもつものとされてきた“通説”を紹介し、それに対し――次のように疑問を出しました。
 ・・・“たまきの上京は1906(明39)年9月ですから、〔1905(明38)年11月3日〕が撮影日であれば、東京への出立直前ではありません。その1年前にこの写真は撮影されているのです。”

 八尾正治さんが作成された「岸たまき(他万喜)年譜」を書き写してみました。この年譜のなかに、今回の金沢湯涌夢二館の特別展〔岸たまき――夢二を世に出した女性とは――〕で明らかにされた撮影日を入れてみてください。〔1905(明治38)年 11月3日〕は、上京直前ではなく、むしろ意外なところに収まるはずです。


明治15.07.28
 金沢市味噌蔵町下中丁に、父・岸六郎、母・順の次女として生まれる
明治18.12
 父・六郎、富山治安裁判所判事補に転任 単身赴任し、富山市西四十物町に住む
明治20
 父・六郎、判事に昇任
 兄・他丑、富山中学へ入学
明治30.09.
 姉・薫(かおる)、富山市総曲輪の医師・水上峰太郎と結婚
明治31.04.
 たまき、市立金沢高等女学校へ入る
明治31.06.25
 父・六郎、高岡区裁判所判事を退官
明治31.08.01
 父・六郎、高岡で公証人役場を開設
明治33.09.11
 父・六郎、高岡市末広町に家を建て、金沢から家族を呼ぶ
 たまきも女学校を中退して、高岡へ移る
明治34.1
 たまき、県立高岡工芸学校の日本画教諭・堀内喜一と結婚
明治34.04.18
 たまき、堀内家へ入籍届出
 喜一の父・潤二は富山県庁に勤め、富山市駒見に住んでいた(本籍は中新川郡加積村〔現・滑川市〕に在った)
 たまき夫婦は、高岡市末広町の岸家の隣に住んだ
 兄・他丑、陸軍幼年学校教官になる
明治36.03.26
 長女・敏子出生
明治37.05.06
 父・岸六郎、63歳で死亡。のち母・順は、東京の他丑のもとへ
明治37.11.18
 長男一雄出生
明治38.09.23 
夫・喜一(33歳)チフスのため死亡。
 たまき、2人の遺児とともに、富山市駒見の堀内家へ入る
明治39.04.01
 たまき、桜谷小学校助教に採用
明治39.08.18
 長女・敏子、富山駅前小松屋旅館へ養女としてもらわれてゆく。
 (義父・浅岡政次郎、義母ヒナ)
明治39.09
 たまき、桜谷小学校を退職して上京
 (兄の他丑は、幼年学校教官をすでに退官し、飯田町で「つるや書房」を設立していた)
明治39.10.01
 兄・他丑、早稲田鶴巻町でえはがきや「つるや」を開店したので、この店の責任者として、たまきを活用した

明治39.10.05
 竹久夢二は開店5日目の「つるや」に行き、たまきと初めて出会う
明治40.01.
 竹久夢二と結婚、牛込区宮比町4に間借りの新所帯をもつ
 1.24の「平民新聞」に“大いなる眼の殊に美しき人を配せしめ給ひ、先の頃目出度く結婚の式を挙げ・・・”と紹介される
 
※「岸たまき(他万喜)年譜」は、八尾氏の『宵待草慕情―竹久夢二と富山』という論考――「経済月報」という富山県が発行する経済誌に連載〔1987.12~1989.12〕されたものの最終稿に付されたもの。(書き写しにあたって少し表記を変えましたが、「富山中学」「高岡工芸学校」などの名称は直してない(当時の正しい名称は、「富山県中学校」「富山県立工芸学校」。))
 ただし、末尾2項は、「愛の巡礼者竹久夢二展図録」(2008)によって、かぐら川補記。


 夫・喜一が亡くなったのが9月23日(土)。写真が撮られたのは、11月3日ですから、実はまだ忌明けの四十九日の法事さへ迎えてない時期なのです。日付だけではわかりにくいでしょうから、この年〔1905(明治38)〕の暦 を見てください。
 他万喜の生まれた岸家の宗旨はわかりませんが(*)、嫁いだ堀内家の菩提寺は、本籍地近くの中新川郡加積村〔現・滑川市〕改養寺の「入覚寺」ですから、富山で言う「お東」、浄土真宗大谷派です。富山の風習からすると、忌明けまで一週間ごとに、法事が行われたことと思われます。四十九日の法事は、11月10日(金)となりますから、11月3日はそのちょうど一週間前、つまり「六七日(むなのか)の日」です。忌中の節目の日で、僧侶を迎え、読経がおこなわれたことでしょう。写真の他万喜が紋付なのは、おそらくそうした理由なのでしょう。

 *その後、岸家の菩提寺は、浄土真宗大谷派の浄光寺(金沢市森山)であることがわかりました。なお、岸家と浄土真宗の関わりについては、特記すべきことのあることも判明していますが、こうした仔細については、別に記したいと思います。

 (続く)

〔追記〕
 今日は、金沢湯涌夢二館の特別展〔岸たまき――夢二を世に出した女性とは――〕の最終日にあたっています。多くの刺激を与えてくれたこの企画展に尽力された皆さんと、観覧にご一緒していただき多くのことを教えていただいた金沢の楠さんに感謝の気持ちを書き添えておきます。
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by kaguragawa | 2010-06-27 20:25 | Trackback | Comments(0)

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