めぐり逢うことばたち(exblog版)   

・2003年5月以来の日記版「めぐり逢うことばたち」  (web上から消滅)
・2009年6月29日までのブログ版(cocolog)「めぐり逢うことばたち」

      
  “伝記研究に際しては、いかなる調査も中途で放棄することこそ戒心すべきであろう。”
                                       野口冨士男
  “身ビイキなしに特定の古典について何がなし得るか。”
                                       堀田 善衞

 *右上の写真は、二上山(高岡市)

〔追記〕
三島霜川について旧日記上に書いた記事は、閲覧できなくなりましたが、近いうちにこのブログに移す予定です。(2011.75)

●このexblog版「めぐり逢うことばたち」上の三島霜川関連記事は、〔ここ〕です。

★かぐら川が管理人となっているブログ「夢二を歩く」は、〔ここ〕です。
★かぐら川が管理人となっているブログ「堀田善衞を読む会 」は、〔ここ〕です。
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# by kaguragawa | 2017-12-31 23:55 | Trackback | Comments(17)

森まゆみ『暗い時代の人々』   

 森まゆみ『暗い時代の人々』(亜紀書房/2017.5)

 「斎藤雷太郎と立野正一」はまったく知らない人々で、いつもの森さんらしい見事な紹介でわくわくしながら読みました。
 いつもの森さんらしく?細かなところで間違いが目に付きましたが、そんなこともふくめて、きちんと紹介したいと思っています。
 
 


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# by kaguragawa | 2017-06-18 19:54 | Trackback | Comments(0)

岩波文庫創刊90年記念「私の三冊」   

 岩波「図書」臨時増刊――岩波文庫創刊90年記念「私の三冊」

 感心?!しながら、惹かれるように拾い読み。「渋江抽斎」が思いのほか多いのに、ほっと?する。
 残念なのは、「はじめに」に今までの「私の三冊」(私の知る限りでも今まで同企画が2度ある)のことがまったくふれられてないこと。

追記;私の知っているのは下記の3冊だろう。
『図書』(臨時増刊:岩波文庫創刊70年記念・私の三冊):1996.12 通巻
『図書』(臨時増刊:岩波文庫創刊80年記念・私の三冊):2007.0* 通巻697
『図書』(臨時増刊:岩波文庫創刊90年記念・私の三冊):2017.05 通巻820

70年記念のもと80年記念のものは、拡大コピーして勝手に合冊版をつくって愛読していたが、行方不明である。

1987年5月発行の臨時増刊・岩波文庫創刊60年記念「私の三冊」もあるようだ。未見。



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# by kaguragawa | 2017-06-17 20:14 | Trackback | Comments(0)

委員会採決抜きの本会議採決は合法か?   

 参議院の委員会採決抜きの本会議採決は合法だったのか?

 報道機関の説明にも、そしてそれを聞いた道行く人へのアンケートにも大きな誤解があるようである。委員会採決抜きの本会議採決は「違法ではない」という点である。私は、昨日の採決は、実質的に「違法」であると考えている、一有権者として。

 この「委員会採決抜きの本会議採決」は、国会法に規定がある。
 「国会法」の《第56条の3》には、「各議院は、委員会の審査中の案件について特に必要があるときは、中間報告を求めることができる。」とある。これは、時間のロスとかの問題を別にすれば、もっともな規定である。問題は、《第56条の3の第2項》である。
 「前項の中間報告があつた案件について、議院が特に緊急を要すると認めたときは、委員会の審査に期限を附け又は議院の会議において審議することができる。」。これが、今回、与党からの動議にもとづいた本会議採決の根拠規定である。真ん中の条件節を抜いて紹介すれば、「前項の中間報告があつた案件について、議院の会議において審議することができる。」とそこには書かれている。(ただし、条文上は、「審議することができる」とあって「採決できる」とは書かれていないことにも注意を要するが、この条文を使った本会議採決の先例があることから、今は、この点は認めることとしておく。)

 問題の「かなめ」は、「議院が特に緊急を要すると認めたときは」の条件節の文言である。きちんと理解しないといけないのは、中間報告さえすれば、本会議審議が“自動的に”可能になるわけではないということである。「緊急を要する」の文言を無視してはいけないのである。この点、無智な国会議員さんにはもちろん、報道関係者にもしっかりと言いたいのだ。形式的には「議院が・・・認め」ればよいのであって、もちろんこれは形式的にはーー無智な国会議員さんの多くが知らないまま、事情もわからないままーー、クリアされたあろう。。

 しかし、議院が多数決にもとづく動議採決でクリアした「緊急を要する」という点こそ、その判断(動議採決)において実質的な錯誤があったと、異議申し立てをすることは可能ではないのか。きのうの本会議採決に「緊急(性)」があったということを、参議院の与党の選良の皆さんといえども、説得的に説明することは可能だろうか。

 国会議員の方はイザ知らず、私は一有権者として、議院における「緊急」の判断に断固異議をとなえるものである。そしてこの本会議採決に「先立つ動議の“実質的”無効」を主張するものである。


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# by kaguragawa | 2017-06-16 14:59 | Trackback | Comments(0)

I君へーー今日の国会の事件について   

I君へ

 天上の異郷で耳にしておられるかもしれませんが、アベ政権のもとでこの国家はとんでも悪業を積み重ねています。

 私の知る限りでも明治以降、ハレンチな権力者は何人もいました。国家公益より私利私欲に軸足を置いていた政治家なら山ほどいるでしょう。そもそも、「政治家」も職業としてこれをいとなむのであれば収支相償うものでなければなりません。
 しかし、私利と公益の区別さえつかない「ていたらく」でいながら、権力をほしいままにし、国家を国を無理想の最低レベルのものに突き落としたハレンチな政治家は、多くはありません。その一人が、安倍■■(痴呆気味で、どうしても名前が思い出てきません。ほんとです。)であることは間違いありません。

 私が“有権者”としている今現在にこのようなとてつもなく政権を自分たちの国の「かなめ」として持ってしまったことに――現在と今後の、いやI君も含めこうした問題に取り組んでこられた過去の人々に対しても、――言いようもない責任を感じています。

 今後の闘いに、I君、力を貸してください。

追記:
現在の内閣総理大臣は、「安倍晋三」氏でした。名前を失恋、いな失念した失礼を心からお詫びします。


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# by kaguragawa | 2017-06-15 22:47 | Trackback | Comments(0)

菊陽町図書館   

それにしても菊陽町図書館はすごい。

https://www.kikuyo-lib.jp/?page_id=119


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# by kaguragawa | 2017-06-10 15:57 | Trackback | Comments(0)

堀田善衛『航西日誌』を読む   

 40年前の今日(1977.05.21)、堀田善衛夫妻スペインに向け横浜港を出発――ポーランドの貨客船クズニカでの船旅/ロッテルダム着港6月26日。

 “廻船問屋の伜として生まれた私には、船でヨーロッパへ行くことは生涯の――とは多少大袈裟ではあるが――夢の一つであったのである。”

 これから5週間、日記風に書かれた『航西日誌』を記された日付に合わせ毎日読んでいくことにする。

 なお、『航西日誌』は出航ちょうど一年後の1978年5月21日に、筑摩書房から刊行。
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# by kaguragawa | 2017-05-21 20:51 | Trackback | Comments(0)

榎本隆司さん講演会at秋聲記念館   

 しあわせな日でした。

 徳田秋聲記念館で、榎本隆司さんの講演会。

 徳田一穂さんとも、野口冨士男さんとも交流のあった――付け加えれば恩田陸さんの大学時代の指導教官でもあった――研究者・榎本さんならではの貴重なというか、おもしろい話が続きました。
 さわりを紹介しようにも、不具合なパソコンで思うように文がつづれないのが残念。

追記;
 そうそう、榎本先生からも今回の企画展、すばらしいのでPRをしてくださいとの一言があったので、ひとこと。
 “父への手紙――徳田一穂展”は、一穂さんの命日にもあたる7月2日まで。ぜひ、一覧、二覧を!。
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# by kaguragawa | 2017-05-13 19:37 | Trackback | Comments(0)

“冬旅堂”   

 昭和初期に神田神保町に「冬旅堂」という店があったらしい。古書店というよりは古レコード店とでもいうような店ではなかったろうか。店名の“冬旅”はシューベルトの「冬の旅」によるものだろうが、読みは“ふゆたびどう”でよいのだろうか。
 ともかく、この店の詳細を知りたいのです。 

 私が見つけた広告には、「内外レコード/交換・売買」とあり、“御処分品は是非御相談下さい。他店より必ず御有利に頂きます。”“在庫品目録進呈”と続く。場所は、「東京・神田・神保町/日活館横通り」とある。

 〔追記〕
 冬旅堂では、音楽関係の本も出していたらしい。国会図書館の蔵書に次のようなものがある。「冬旅文庫」というものもブラームスの後に続刊があったのだろうか。

 ヨハンネス・ブラームス : 1833-1897 : 作品目録並ニ年譜
 冬旅堂編輯部 訳 冬旅堂 1935 (冬旅文庫 ; 1)


〔追記2〕
 「日活館横通り」と言えば、神田日活専属の「日活管弦楽団」と「田中豊明」の名を思い出しました。賢治が「日活館で田中がタクトをふってゐる」と書いた田中豊明(1880~1934)だ。
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# by kaguragawa | 2017-04-25 21:16 | Trackback | Comments(0)

ケヤキの芽吹き2017   

 今週にはいってケヤキの芽吹きが見られるようになった。私には一年で一番うれしい時節。
 が、例年より数日遅いようだ。
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# by kaguragawa | 2017-04-13 21:46 | Trackback | Comments(0)

深井史郎――1935年のある音楽論から   

 昨日、4月4日は作曲家・深井史郎の生れた日でした。こういったからといって、私は深井史郎の音楽作品を聞き込んだことがあるわけでもありませんし、深井史郎の誕生日を覚えていたわけでもありません。偶然、きのう、堀田善衞が旧制中学校の学生時代に書いた論考「現代音楽小論」を読んでいて、1933年に出版された「現代世界音楽家叢書」というシリーズがあることを知り、この「現代世界音楽家叢書」のことを少し調べていたらその叢書中、ストラヴィンスキーの巻を深井史郎が書いている――『ストラヴィンスキイ』(普及書房/1933.6)――ことを知ったのです。そして、深井史郎のこともあらためて意識したのです。
 (1930年頃、ストラヴィンスキーは日本でどこまで、そしてどのように聞かれていたのか、知りたいと、先日来、思っていたのですが、偶然きのう、堀田善衞の現代音楽論(1935)を読み返し、その中で、堀田のストラヴィンスキー言及に出会い、深井史郎にも出会ったのです。ちょうどその日が、深井史郎の生まれた日だったわけです。)

 堀田は、当時読むことができた現代音楽の本として「現代世界音楽家叢書」を挙げているだけで、深井史郎が書いた『ストラヴィンスキイ』についてふれているわけではありません。しかし、堀田はこの「現代音楽小論」中、当時のフランス音楽について述べる中で「特にストラヴインスキーは現代において最も驚嘆されて居る音楽者の一人であ。」と書き、また「音楽評者の毀誉相半ばする人物である。」などと紹介しているのです。堀田は、深井史郎の『ストラヴィンスキイ』を読んでいたかも知れません。中学生・堀田善衞のストラヴィンスキーへの注目度の高さも、記憶しておきたいところです。

 話が、深井史郎からストラヴィンスキーに遷ってしまいましたが、堀田がこの「小論」の末尾で「我日本、現代の作曲界にて、将来注目さるべき人は、菅原明朗、清瀬保二、池内友次郎、深井史郎、石田一郎、内海誓一郎などの諸氏であろう。」と書き“深井史郎”の名を挙げていることも記して、作曲家・深井史郎のことも、あらためて、しっかり記憶しておきたいと思っています。

 *深井史郎 1907年4月4日~1959年7月2日

 深井史郎については母校・秋田中学校の後継校・秋田高等学校同窓会のHPにいい紹介があります。
 http://akitahs-doso.jp/libra/57
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# by kaguragawa | 2017-04-05 21:31 | Trackback | Comments(0)

思いつくままに   

 最近、「それって、ちょっと違うんじゃないの」と思うことがらが多い。ものごとの捉え方、視角といったことがらが、私の思っていること、求めているものと微妙に、しかし核心において決定的にずれているのである。
 いうまでもなく、私の思いが絶対でもなければ、多様な考え方、見方は歓迎こそすれ排斥するものではない。
 だが、あなたが「今」「そこに」立っているのなら、そして「公に」発言するのなら、いや「公に」発言しているつもりなら、「それって、ちょっと違うんじゃないの」と思うのである。

 年度の切れ目といったことにどんな重い意味があるかはともかく、この切れ目に翻弄されて、ここ半月ほど、気持に余裕を失っていたような気がする。そうした余裕欠乏症の頭に、いくつかの違和感が、つきささったままくっきりと残った(ようである。)

 明日から4月。春を愉しみたい。

 追伸。
 余裕欠乏症の私に、ていねいに掘り出した情報を届けていただき、新鮮な感動を与えてくださった方がありました。感謝しています。
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# by kaguragawa | 2017-03-31 22:22 | Trackback | Comments(0)

三島正六の生誕100年   

 今年3月25日は、三島正六の生誕100年にあたる日。1917年(大正6年)の今日、正六は三島才二(霜川)の長男として誕生。大正六年生れだから、正六なのだという。

 今、手元に『捕物名作帳(大衆文芸戦時版1)』という本がある。“戦時版”というのは「昭和十六年二月」の発行であることで、なるほどと思う。〔今日の問題社〕発行のこの『捕物名作帳』の編集兼発行者が「三島正六」となっている。
 正六、23歳の姿を見ることができる資料だ。私には資料でもあるが、捕物帳好きの私には、戦時版などとは関係なく、無類におもいしろい読み物である。なにしろ執筆陣があまりに豪華だ。

 野村胡堂、角田喜久雄、山手樹一郎、村上元三、菊池肇、大林清、山岡荘八、横溝正史、(土師清二/土師清二は目次にあるが本文がない!)
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# by kaguragawa | 2017-03-25 20:42 | Trackback | Comments(0)

若き射水郡郡長赴任   

 今年は(今年も、というべきか)いろんなことで、もたもたしている。
 気がついたら、もう3月14日である。

 若き日の内務官僚・南原繁が富山県の射水郡の郡長として当地に赴任したのが100年前(1917年)の今日であった。
 翌日には、伏木港(当時は伏木港の地も射水郡であった)に足を運んでいる、と私のメモにある。伏木港は、射水郡にとってだけでなく、富山県にとっても重要な交易の拠点港であった。

 南原の在任中の射水郡の動きに目をとめてみたいと考えているし、追々、そうした報告も書き留めたいと考えています。
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# by kaguragawa | 2017-03-14 23:30 | Trackback | Comments(0)

富山文学の会 第8回研究大会   

富山文学の会 第8回研究大会のお知らせ

 日時:2017年3月4日(土) 13:00 - 16:00
 場所:富山大学 人文学部2F 4番教室
 
  講演
   「「日本海詩人」のこと、千石喜久のこと」
     上田 正行氏 (徳田秋聲記念館・室生犀星記念館 館長)

  研究発表
    「横山源之助と郷土の人々」 
      黒﨑 真美
    「山内マリコ作品における〈地方〉と〈階層〉」
      小谷 瑛輔

※くわしくは「富山文学の会」HP
https://www.toyamabungakunokai.com/


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# by kaguragawa | 2017-02-25 18:53 | Trackback | Comments(0)

「人間は要求する。」   

雨は降り
風は吹く
人間は要求す。

 この「人間は要求する」という三行詩は千石喜久(せんごく・きく)のもの。
 千石喜久は、1930年の今日(2月6日)、満30歳の誕生の日を待たずに腸チフスで亡くなる。

 ※千石喜久 1900.05.25~1930.02.06

 富山県水橋は幾人もの詩人、童話詩人、詩研究者を生んでいる詩にゆかりのある地だ。


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# by kaguragawa | 2017-02-06 19:13 | Trackback | Comments(0)

ちょっとメモ。2017.1.23   

 ちょっとメモ。

 三島正六。池袋児童の村小学校。野村芳兵衛。梅原真隆。
 おお、野村芳兵衛文書目録のなかに正六さんの『歪められた少年期』。

 「つるべいの家族に乾杯」。あっ、杉山さんだ。数十年前にお世話になった、当時八尾町役場に居られた、杉山さん。

 「文部科学省」天下りに、目くらましの想定問答集!?。こんな図式があるんやったら、厳格な?センター試験にいのちをかけている若者の生き方なんて、無意味じゃん。お役人さん、あんたら、ええ加減にしときや。

 川面稜一さん。「続けることが勉強です」。
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# by kaguragawa | 2017-01-23 23:34 | Trackback | Comments(0)

ある寒中お見舞い   

 H先生の奥様より「寒中お見舞い」、“夫が昨年三月に亡くなりまして”、と。

 H先生には、デュギーという法学者の名を教えていただいた、むろんデュギーだけではない多くのフランスの法思想家や法学者・・・。恒藤恭もそうだ。先生の師であった田畑忍も。
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# by kaguragawa | 2017-01-09 19:35 | Trackback | Comments(0)

遅いごあいさつとなりました   

 明けましておめでとうございます。

 自宅のパソコンをほとんど開かなくなったため、遅いようやくのごあいさつとなりました。

 年が明けてもう10日にならんとするも、元日より「めでた、めでた」のという気持ちは遠い。

 それでも私的なニュースはいくつかある。追い追いそうしたことも書いていきたい。
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# by kaguragawa | 2017-01-09 19:22 | Trackback | Comments(0)

今年驚きのできごとを二つ   

 今年の最後の日の、今、いろんなことを思い出しながら、驚きのできごとを二つどうしても書いておきたい。

 ある作品を読んでいる間、自分の「眼」が変わってしまったこと、景観を見る視覚の構造が変わってしまったこと。今から思っても不思議だ。このことの詳細は、あらためて書きたいが、その本のタイトルだけは堀田善衞『美しきもの見し人は』。
 今年は、ちょっと苦労しながら堀田善衞に関する二つの小論(エッセイ風な小論文)を書くことができ、私なりの堀田学のスタート地点をつくれたことも、私事ながらここに書いてきたい。

 もう一つの驚き。ある亡くなった人に生き写しの人に、会ってその瞬間、その驚きに息の止まるような思いをしました。駅の改札口からでてこられたその人を見た瞬間、あの写真の人が、ここにいると思ったものだ。“三島霜川のお孫さん”。晩年の霜川の写真の人が目の前にいる・・・・。
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# by kaguragawa | 2016-12-31 22:56 | Trackback | Comments(0)